短中編

□初恋の続きは、愛
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これの続きです





〈―ありがとうございました!以上、沢村投手へのインタビューでした!スタジオにお返ししまーす!〉

画面が切り替わるのをきっかけにテレビの電源を落とした

「まま?」

『ん、テレビはもうおしまい。パパが映ってたから見てたの』

「ぱぱ、いたー」

『そうだね、パパいたねー。もうすぐ帰ってくるよ』

積み木をひたすら積んで遊んでいた愛娘を撫でた
嬉しそうに目を細めるとだっこを要求してくる
まだ言葉足らずで、しっかりした話し言葉では話せない娘は2歳を過ぎたほどだ
2年前の冬にこの子を産んでから、漸く母親らしくなれたように思える

『美雪、パパが帰ってきたら一緒にお散歩行こうね』

「うん!」

満面の笑みで素直に頷く
まだイヤイヤと言い出す反抗期は来ていないようだ

「ただいまー」

「!ぱぱー!」

私に抱きついていた美雪はぱっと離れて玄関に駆けていく

「おー美雪!お出迎えありがとな」

「おかえりなさーい」

「おう、ただいまー」

舌足らずで若干言えていないのが可愛らしい

『おかえり、栄純』

「千歳、ただいま」

高校時代から約束していた結婚をして、子供を授かってからも笑顔はずっと変わっていない
少年のような笑い方がとても似合う

美雪の「お散歩!」の一言で3人揃って公園まで歩いていくことにした
ゆっくり寄り道なんかもたくさんして、さほど離れていない公園についたのは20分後だ
子供にとってはちょっとした冒険のつもりなんだと、公園に集まるママ友から聞いた

公園に着くなり、美雪は前に仲良くなった子を見つけそちらに駆けていった
様子が見えるように二人並んでベンチに腰かける

『栄純、楽しそうでよかった』

「そりゃ、やっと休みとれたんだし。それに楽しくないわけないだろ?千歳と美雪が一緒でさ」

『ふふ、そうだね』

思い返すのは、美雪が産まれてからの嵐のような2年間
出産を期に私は弓道界から引退し、忙しい栄純の分まで育児に専念した
分からないことも多かったが、栄純も一緒に悩んで、一緒に美雪の成長を喜んでくれたから辛いと思ったとはなかった
思い出に浸っていると、唐突に話題が変わった

「あ、そうだ。今度野球部のOBで集まるんだけど、千歳も行こうぜ」

『え、でも殆ど話したこと無いよ?式の時に挨拶したくらいで…』

「良いんだって。むしろあの人たちが連れてこいってうるさいんだ」

『あぁ…賑やかな人たちだもんね』

「美雪が産まれた時なんて写真送れってしょっちゅう言われたしなー、実際に会わせたら絶対泣かれそうだよなヒゲ先輩」

『伊佐敷さんだっけ。意外と子供好きそうな感じするけどね』

「連れてって変な言葉覚えなきゃ良いけど」

『私は人見知りが心配かな』

ぼんやりと美雪のこれからを思い浮かべていると、土の塊を手に乗せた当人が駆けてきた

「まま、おだんご!」

『ホントだー上手だね、作ってくれたの?』

「うんっ」

決してきれいな丸とは言えないそれを壊さないように受け取る

『ありがとう。じゃあ次はパパにも作ってあげてくださいな』

「つくるー!」

「お、優しいなぁ美雪は。楽しみにしてるからなー」

「はぁい!」

再び砂場の方へ駆けて行き、二つ目の団子を作り始める

『ふふっ、お団子だって』

「すっげー歪だけどな」

『昔はよくやったよね。覚えてる?これ白砂かけて執拗に撫でると表面がすっごいツルツルになるの』

「そうだったっけ。もう20年も前の話だからあんま覚えてねぇな」

『普通はそうだよね。でもそっか…美雪もいつかは私達みたいになるのかな』

家を出て、新しい家族を作って、繰り返していく命の営み
まだ当分先の事とは言え、その時になったらきっと寂しくなる

「…大丈夫だって、いくつになっても美雪は俺達の子どもだ」

『それ、お義母様の受け売りでしょ』

「バレた?でもさ、実際そうだろ?親父だって未だに俺の事ガキ扱いするし。たまにだけど」

『…栄純はいくつになってもガキじゃ…ううん、何でもない』

「千歳…」

私の一言で落ち込む栄純はともかく、彼の言葉で今からずっと先の事を悩んでも仕方ないと思えた
かつての自分達のような年頃になってからまた考えれば良い
今はただ、元気に育ってくれればそれで良いのだ

それから「お腹すいた」と言いに戻ってきた美雪の手を引いて公園を後にした
(因みに美雪力作の2つの土団子は持ち帰ってベランダに置いておく事にした)



一週間後、電車を乗り継いで西東京の一角にある居酒屋へ向かった
いかにも同窓会らしいと言った会場だ

『お酒は気を付けなきゃね、間違っても美雪が飲まないように』

「そうだな。まぁそこまで常識外れではないはず、だし…多分」

『どうして言い切れないのかな。すっごい不安を煽る発言だよ』

「目を離さなければ大丈夫だよな、うん。よし、入るか」

『(ほんとに大丈夫かな!)』

繋いだ美雪の手を思わず握りしめた

「ちーっす!」

これぞ運動部という挨拶で店内に入れば、既に勢揃いしていた

「お!やっと来たか沢村ァ!」

「遅ぇぞー!」

「え、俺遅刻してねーっすよ!?」

「はっはっは、お前には少し遅い時間で教えたからな。あ、千歳さんこんちわ」

『こんにちは、一也さん』

今は同じ球団で旦那とバッテリーを組んでいるから、他の人よりた多少面識がある
苗字が娘と同じ読みだから混ざらないように名前で呼ばせてもらっているという裏話はこの際置いておく

「おい御幸、何でお前名前で呼ばれてんだよ」

そう聞いたのは倉持さんだ。さっき栄純に再会のタイキック食らわせていたはず

「んー、秘密!」

一也さんは意地の悪そうな顔で笑う

『無駄に意味深っぽく言わないでください。分かり辛いのでそう呼ばせてもらってるだけですよ』

「分かり辛いって?」

『ええ、娘の名前もみゆきなんです』

私の足にしがみついてこちらを見上げる美雪を紹介する

「なるほど」

「興味持つなよ倉持、絶対泣かれるから。はっはっは」

「うっせぇ!」

「あぶねっ子供にDV現場見せんなよー」

良い年した大人がまるで少年のようだ

「まま」

戸惑いがちに裾を引いてくる美雪は初めて会う大人を怖がっているようだ

『大丈夫だよ、ここにいる人たちはみんなパパのお友達なの』

「ぱぱの?」

『そうよ。だから怖くないよ、ね?』

「…うんっ」

幼い子供は親の顔色を見て危険かどうか判断する特色があるというが、これはそういうことなんだろう

「千歳ー、そんなとこ居ないでこっち来いよ!」

栄純はいつの間にか先輩方に囲まれつつ奥の座席まで連れていかれていた
普通は襖で仕切られる座敷だが、今日ばかりはぶち抜きにしてもらい、机も並べられている

『えーと、今日はお邪魔しますね』

「うむ、楽しんでいくと良い」

聞けば、最初に私を呼ばないかと提案してくれたのはこの結城さんだそうで、栄純の高校時代を共にした人たちと再び会う機会をくれたことに感謝だ
当時の事を聞くのは少し楽しみだった

入部初日から遅刻したこととか、監督相手にエースになると大物発言したこととか、高確率で一也さんにタメ口だったこととか、久し振りに腹が捩れるほど笑った気がした

「でさ、普段からそんな調子だから他の奴にもタメになるときあって、同室の倉持相手にタメ口聞く度に蹴られてたんだぜ」

「あーもうそれ以上言うなあんたは!」

『っホント、栄純らしい…!』

「千歳も笑いすぎだろ!もう息できてねーじゃん!」

「沢村ー、自分の武勇伝で奥さん笑い殺すんじゃねーぞー!」

「お前らが喋るからだろ!この酔っ払い!」

「はいタメ口禁止ィ!」

「ギャーーー!」

これが話に聞いた技をかけられる図か
昔語りを聞いている間、美雪は髪色に興味津々だった春市くんの所で遊んでもらっていた

「なぁ千歳さん、あいつ家だとどんな感じ?やっぱ美雪ちゃん溺愛してんの?」

『そうですね、シーズン中はあまり帰って来れませんでしたから』

「っておい何聞いてんだそこ!」

「え?家でのエースの様子?」

「関係ねーし!つーかあんたが美雪ちゃんとか言うと犯罪臭半端ねぇぞ!」

「お前な…」

「珍しく良いこと言うじゃねーか沢村!」

「くーらーもーちーくーん?」

「ヒャハ、事実だろーが!」

『お二人実は仲良いですよね』

「「良くねぇ!」」

『息ぴったりじゃないですか』

お互い全力で否定するのが余計、一周して仲良しに見える

「あんたら高校時代から全然変わって無いッスね」

「おいコラ御幸なんかと一緒にしてんじゃねーよ」

「そーそーまだガキなのは倉持だけだしな」

『また喧嘩になりそうな発言を…』

「もう千歳呆れてるし…」

「御幸の性格の悪さはもう死ぬまで治らないな」

冷静に言われるとそんな気がして来るんですが結城さん

「って言うかカズさん!あんたはいい加減結婚して苗字変えろよ!紛らわしい!」

「いや普通に考えて無理だろ」

「相手が男ならできるはず!」

『名家のお嬢さん所に婿養子になればできますけどね』

「沢村のは触れねーぞ。あと俺庶民派だから」

「…御幸、お前確か」

「言うなよ?」

「……」

倉持さんの反応からして余程すごい形相だったのだろうか

こんな語らいをいくつもして、時間を忘れるほど楽しませてもらった
日本一長い夏の思い出話はもう何度も栄純に聞かされていたが、いつ聞いても心に染みるものがある

「昔の事思い出したら、またあれをやりたくなったな」

「リーダーもスか?」

「なんなら今ここにいる全員でやるか?丁度3世代のキャプテンが居るんだしよ」

「良いッスねそれ!」

「やりましょーよ!」

試合前の円陣の事だ

「千歳も入れよ」

『でも…』

「良いから!なんなら美雪も一緒にさ」

そこまで言われれば加わる以外の選択肢など無いようなもの
大人数の輪の中に混ざらせてもらう
中央のキャプテンの合図で左胸に手を当てれば、青春時代のユニフォーム姿が目に浮かぶ

そして、現役さながらの掛け声に包まれた

どうやっても埋め合わせられないあの3年間を、また少し共有できた気がした



end

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