花吹雪

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その言葉にあからさまに肩を揺らして反応した玉瑛に、思わずまたか・・・と小さく声が漏れる。

目線をうろつかせ言い訳を考えていた玉瑛は、その言葉を耳聡く拾い上げ八つ当たりのように声を荒げた。


「仕方ないだろう!辞めたいって涙目で言われちゃ、僕だって引き留められないじゃないか!

残念だったね、可愛い女の子に会えなくて!」

「あのババアに女の子はねぇだろ・・・」

「なッ・・・!酷いこと言うね金蝉は!じゃああの子の何倍も生きてる僕はなんだって言うのさ!

金蝉にとっちゃ僕もおばあさんの括りなんだろ・・・いいよもう、君のことなんて知らないや」


金蝉のバカァ〜と泣きまねをする玉瑛に、金蝉は思わず額を抑えて天を仰いだ。


二人が初めて顔を会わせたのは、金蝉が観世音の下で初めて仕事を貰った、下界で言うもう何百年も前の話。

いくら天界に死の概念が存在しないとはいえ、天界人もその地位に応じてその身体はゆっくりと年を重ねてゆく。

天界人にとって下界の生き物の寿命は瞬きにも等しいが、二人のような身分の者から見れば、下仕えの者達の身に流れる時間はあまりにも速い。

出会った当時ただの少年でしかなかった金蝉は、今では玉瑛を見下ろすことが出来るほど立派な青年へと成長していた。

しかしそれに反して玉瑛は、あの頃と全く変わらず、未だ少女を脱したばかりの若々しさを保っている。

先月まで玉瑛の身の回りの世話をする為この屋敷に住み込んでいた女官も実年齢は金蝉の半分にも満たないが、その容姿は美しい老婦人だったはず。

女官が辞めることは彼女の屋敷では珍しくなく、前回の女性はよく持った方だと言えるだろう。

そんなことを金蝉がぼんやりと考えていると、相手にされないことを理解したのか、泣きまねを止めた玉瑛は一人ぶつぶつと呟き始めた。


「そうだよ、今まで僕なんかに仕えてくれた何百人もの女の子たちはみんな綺麗で可愛かったんだよ・・・。

それなのにみんながみんなして『玉瑛様と一緒に暮らしていると、自分が年を取っていくことが強調されて惨めになります!』って言って辞めてかなくてもいいじゃないか!

確かにみんな外見は変わっちゃったけど、女の子が大事なのは中身だよってあんなに何度も言ってあげたのに。

僕だってここ何百年かで片手で林檎割れるくらい握力付いちゃったよって言ってあげても『益々頼もしくなられて・・・喜ばしいことじゃありませんか』って・・・
嬉しくないよ、こんなこと!」

「確かにそりゃ女の腕じゃねぇな。まぁ、ンな物四六時中腕にぶら下げてりゃ、嫌でも筋肉ぐらい付くだろうけどよ」

「そんなもんかなぁ・・・。でもさ、これたったの30sだよ?いい加減慣れちゃったよ、これぐらい」


ふらりと持ち上げられた玉瑛の腕は、力を込めれば金蝉ですら簡単に折ってしまえそうなほど白く細い。

だからこそ、その細い手首に巻き付いた銀の鎖だけが奇妙な違和感を醸し出していた。

不貞腐れる玉瑛の頭を軽く叩きながら、金蝉も一見精緻な銀細工にも見えるそれに視線を向ける。

細く長く玉瑛の両腕を繋いだそれが、口にされた程の重さを持つとは見た目だけでは全く分からない。

しかし金蝉は、玉瑛は両の足首にも邪魔にならぬよう計算し尽された同様の物を巻き付かせていることをよく知っていた。

かつて一度自室のソファで寝落ちした玉瑛を抱き上げようとして腰を痛めたことが、金蝉の中で未だ苦い記憶として鮮明に残っているからだ。

しかし統括する5つの経文の暴走抑制のための封印とはいえ、それ程の重りを纏いながらも玉瑛が弱音を口にするところを、金蝉は見たことが無かった。


「30sの重りを『たった』なんて言うのはお前だけだろうよ。

―――それじゃあ、俺は仕事に戻る」


残っていた茶を一気に飲み干し、金蝉は立ち上がって足を出口へと向ける。

もうそんな時間なのか、と玉瑛の方も見送りに行く素振りも見せず、卓の上を片付けるため立ち上がる。

少々猫背気味の後ろ姿に軽く手を振って声をかけるのが、毎回の二人の終わり方だった。


「仕事頑張ってねー。あ、観世音にサボらずちゃんと仕事こなすよう伝えといて!

また、来月ね!」


返事の代わりに軽く左手が振られることを確認し、玉瑛も自らの手元に視線を戻した。



それは、いつもと変わらぬ時間のはずだった。

けれど、別々の方向へと視線を向ける二人の中で何故か先程の会話が思い返された。


「分かっちゃいたが・・・他の女官と同じように俺もいつか、あいつを置いて行く日が来るんだろうな・・・」

「金蝉も、あの女の子達みたいに僕のこと置いてっちゃうんだよなぁ・・・。

忘れてない、つもりだったんだけど」


小さく呟かれた言葉は風に掻き消され、誰の耳にも届かない。



花弁が積もるまで、あと・・・―――






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