花吹雪

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ふわり、と一枚の花弁が持ち上げた茶器の中へ舞い降りた。


「見なよ金蝉、きれいだねぇ」

「年がら年中咲いてる花に、今更何の感慨も湧かねぇよ」


薄緑色の水面に浮かぶ桃色を愛でる横顔に、金蝉は呆れ気味に視線を向ける。

今日も今日とて昼下がりの陽の元、二人は午後のお茶を楽しんでいた。

金蝉の言う様に桜など天界では毎日のように散っては咲きを繰り返しているため、それを一々愛でていては切りがない。

けれども玉瑛はその反応がお気に召さなかったようで、不満げに手に持った茶器を軽く揺らす。


「全く、君は風情がないね!確かに桜は毎日咲いてるけど、昨日の桜と今日の桜は違うんだよ?

毎回ちゃんと愛でてあげなきゃ、そんな金蝉の前でも律儀に咲いてくれる桜がかわいそうじゃないか」

「はいはい、そうだな」


ゆらりゆらりと自分の手の動きに合わせて揺れる桃色を愛でるその瞳に、からかいの色は微塵も見えない。

彼女が変な所に奇妙なこだわりをもつのには慣れたものなので、金蝉は適当に相槌を打って話を流す。

その愛でる方法には手に持った桜餅も含まれるのか、という無粋な質問はするまでもない。

彼女の甘味に対する執着は金蝉には理解し難いものであるし、何分彼女はひどく気まぐれなのだ。

―――そして、先程から金蝉の視界に映る『彼ら』もまた、彼女の気まぐれの一種だのだろう。


「おい玉瑛、一ついいか」

「なんだい金蝉、君もようやく自然を愛でる素晴らしさに気付いたのかい?」

「違ぇよ。そうじゃなくて・・・誰だ、そいつらは」


すっと伸ばされた指の先に居たのは、ちょうど空になった玉瑛の茶器にお代わりを注ぎ足そうと構えていた、一人の少年。

そしてその後ろで屋敷から新たな桜餅を運んできていた同じ年頃の少女も、金蝉の言葉を聞き動きを止める。

髪形などに若干の違いはあるものの、二人はまるで鏡に写したかのようにそっくりな容姿をしていた。

確かひと月前にこの屋敷を訪れたとき、玉瑛はまた新たな女官に辞められたと嘆いていた記憶はある。

この間まで勤めていた女官はまだまだ若いようであったので、これでしばらくあの愚痴に付き合わされる心配は無い、と安心した矢先のことだったため間違いない。

大概彼女が次の女官を探す場合、これまで最低でも三か月はかかっていたのにこの速さ、
しかもこれまでに無い程若い双子を雇い入れたとは、一体どういうことなのだろうか。

本気で不思議がっている声音から本当に金蝉の脳内が疑問に埋め尽くされている様を察したのか、
玉瑛は常なら浮かべるからかいの笑みを引っ込め、手招きで少年と少女を自分の元に呼び寄せる。


「紹介が遅くなっちゃたね。こっちの女の子が姉の朱影で、こっちの男の子が弟の蒼陽。

僕が新しく雇った使用人だよ、かわいいだろう?」


自慢げに話す玉瑛の言葉に照れたように頬を染め、慌てて頭を下げるさまは確かに見ていて微笑ましい。

けれどもこれまで彼女の元で働いていた女性達は、皆そこそこ地位のある家出身の、選びに選ばれ抜かれた優秀な人材であったはず。

外界からほとんど隔離した生活を送らせるほど娘を溺愛した釈迦如来が、こんな若い二人を使用人として送り込むだろうか?

金蝉の警戒を解くための紹介が余計彼に不審感を与えていることに気付いたのか、玉瑛はその顔に再び満面の笑みを浮かべ、横に並ぶ二人を嬉しそうに引き寄せた。


「あぁ、別に僕が攫って来たわけじゃないよ?

この間天帝に会いに出かけた帰りに行き倒れてたのを見つけたから、保護してうちで雇い入れることに決めたんだ。

もちろん、父さんの許可は取ってあるよ。頷かせるにはちょっと骨が折れたけど、今はちゃんと納得してくれてる」

「またお前は、勝手に城を抜け出したのか・・・

親父さんをどうやって頷かせたかは気になるところだが、まぁ、後任がさっさと決まったのはよかったんじゃねぇか。

いつものように来るたび泣きつかれるのは、いい加減遠慮してほしかったんでな」

「またそんなこと言って。そう言いながらも金蝉はちゃんと毎回、僕の愚痴に付き合ってくれるだろ?」


これでもちょっとは感謝してるんだよ、とふわりとその顔を綻ばせる。

それは普段の金蝉をからかう時に浮かべる笑みとは全くの別物で、不覚にも一瞬、本当に言葉が出てこなかった。

けれども玉瑛は思わず漏らした本音に途端に恥ずかしくなったのか、わざと顔を逸らすため手元の干菓子を双子の口へ押し込むことに忙しく、その様子には気付かない。


「さあさあ朱影、蒼陽。君たちも部屋から椅子持ってきな!お菓子は大勢で食べた方がおいしいからね!」


取ってつけたような理由と共にその背中を押せば、二人は戸惑ったように視線を交わしながらもパタパタと屋敷へ駆け戻って行った。

その様子を見送る玉瑛はこれまでには見せたことの無い柔らかな表情を顔に浮かべ、それはまるで―――


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