カケラを集めて…
□君を殺した日
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桜に蕾がつき始めたころ奨の子が産まれた。
詩埜(しの)と名づけられた其の子は元気な男の子だった。
賦貴は初めて赤子を抱き、その体温の高さと、やわらかさに愛おしさを覚えた。
毎日毎日、頼んでもいないのに詩埜の世話をしていた。
賦貴の危なっかしい手つきを見ているだけで、妾たちはひやひやさせられていた。
「詩埜、賦貴じゃ。呼んでみろ」
「ふーきっ」
「おうおう、かわゆいの」
喋ったり這い回ったりするようになると、賦貴の詩埜への愛情はいっそう深くなった。
詩埜も賦貴にとても懐いており、まるで本当の兄弟のように見えた。
詩埜はやがて歩くようになり、走るようになり、どんどんと大きくなっていった。
いつしか賦貴の身長も抜き、立派な男へと成長していった。
しかし、成長していく中で二人が本当の兄弟ではないということがあからさまに表れだす。
詩埜はいつしか賦貴に敬語を使うようになり、ただの家臣と王のような関係になった。
賦貴はそれを望んでいたわけではなかった。
父と奨のように信頼しあえる仲になりたかったのに、詩埜は深く関わることを拒んだ。
賦貴が初めて詩埜に敬語を使われたのは、詩埜の十八の誕生日の次の日のことだった。
「詩埜、退屈しておったんじゃ。勝負でもせんか?」
暇を持て余していた賦貴が城内を散歩していると、桜の木の下にいる詩埜を見つけた。
もう少しでこの桜たちも満開になるだろう。
詩埜はゆっくり振り返り、目も合わせる事もなく静かに言った。
「賦貴様、私は貴方様の家臣にございます。お相手することは出来ませぬ」
「何を言う。・・・小さいころはようやったではないか」
考えてもみなかった詩埜の拒絶の言葉に、少し言葉が震えたような気がした。
「今は幼き子供ではありませぬ。一人の家臣として、賦貴様に仕える身にございます」
「・・・もうよい」
賦貴には顔色一つ変えることなくそう言った詩埜を、もう見ていることが出来なかった。
あんなに懐いていたのに、奨と父のようになれると信じていたのに、それは自分の思い過ごしだったのかと、苦しい胸を押さえながら桜の木を見た。