束の間の倖せ

□第三話 君の笑顔が憎らしい
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「とにかく!十二支以外と結婚したって大変だし、長続きしない事が多いんだから!」
「ん…まあ問題は多いかもしれないね」

神妙な顔をして紫呉は頷く。

「第一抱き合うたびに変身してたら大変だよ、例えばセック…」


――ばしんっ!
お茶を運んできた盆で紫呉の顔面を叩きつける由希。

「下品」
「……わざわざ殴る必要…あるのかな…」
「?」

そこでわけが分からず首を傾げる透、彼女らしい。

「夾くん!もうこの際私の事嫌い!?はっきり言って!」
「あ!?」
「私は好きだよ夾くんが大好き!宇宙で一番愛してる!」

怒涛の楽羅ラッシュ。

「夾くんの為なら毎日おいしいご飯作るし」
「え」
「浮気だって一時の気の迷いだって許してあげる!」
「ちょ」
「どう考えてもこんなに夾くんを好きなのは私だけなのそうでしょ
 そう思うよねそう思うでしょ思えってんだよゴラ!!!」
「っ…」

夾は押しに、弱い。

「そういえば透くんも夾くん好きだよね」
『あー猫年ファンね』
「!? そんな…ライバル……!?」

夾に迫っていた楽羅は目に涙を浮かべながら
透、そして燕に詰め寄る。

「どうしてよ燕ちゃん!」
『え?』
「ライバルは燕ちゃんだけだと思ってたのに!」
『はあ?』
「ねえ夾くんのどこが好き!?私は全部だよ全部好き!」
「あ、あの…」

さすがの燕でも、夾モードに入った楽羅を止める事はできない。
透にマシンガントークを繰り広げる楽羅を黙って見ているしかないのだが、
そこで立ち直ったらしい夾が苦々しげな顔で口を挟む。

「おい、もういい加減に…」
「私は夾くんの悪いトコも全部受け入れるよ!たとえ夾くんが本当の姿になったって…」
『!』


――ガンッ!


「…いい加減にしろっつってんだろ」

夾がテーブルに拳を叩き付けた音だった。

「それ以上無駄口きいてみろ…容赦しねえぞ!」
『……』
「…?」


――ホントの…姿?


「どう容赦しないんじゃゴラァア!!!」
「いでーーーーーっっ!!」

透の頭に浮かんだ疑問はすぐに消えた。
楽羅に技をかけられて悶えている夾を見ながら別の事を考える。

「容赦してもらえば、夾」
「ホントだねぇこれじゃさすがの夾くんでも満身創痍だよね」
『……』


ただ、楽羅が羨ましいと思う。
透は初恋もまだで、こんなにも人を好きになれる楽羅が羨ましく…また、尊敬できるのだ。
……もちろん…豹変してまで愛の言葉を叫びたいとは、思わないが……。









「うう…私もここに住みたいよぅ」

紫呉の部屋で寝巻きに着替えた楽羅が枕を抱きしめる。
どうやら駄々をこねて泊まらせてもらう事になったようだ。

「夾くんの傍に女の子がいるなんて不安だぁ…」
「今までも燕くんがいたでしょう」
「燕ちゃんは女の子でも女の子じゃないの!だからいいの!」
「……」

なんだそれ、と思いながら紫呉は床に散らばった本を拾い集めている。

「こうなったら今夜こそ私のものに…ッ」
「今夜はこの部屋を出ることを禁ずる」

これ以上家を壊されたくないのだろう。
それだけ言うと紫呉は本を抱えて部屋を出て行った。









「失敗しました…」

昨日の台風のせいでびしょびしょになった制服を干し忘れてしまったのだ。
透はしょんぼりと肩を落としながら、暗い中制服を物干し竿にかけている。

『今干せば、朝には着れる程度にはなるよ』
「わ!…燕くん」
『本田さんっておっちょこちょいだよね』
「う…返す言葉もありません…」

そんな透を見て燕は笑う。

「…ところで、まだお休みになられてなかったのですか?」
『あーうん…夾が気になって…』
「?」

首を傾げる透を尻目に、
傍にかけてあった梯子をするすると上って行く。
その先は屋根の上だ。

「うおっ!?おま、なに…」
『別にぃ?…ほら本田さん、上ってきなよ』
「は!?」

どうやら上には夾がいるらしい。
透は燕の真似をして梯子を上っていった。

「夾くん、どうしてこんなとこ……あ!そ、そういえば夾くんにはお部屋がないです!」
『あ、本田さんの部屋が夾の部屋だった、とかそんなんじゃないから』
「ほっ…」

少し心配だったらしい。

「ではどうしてここに?」
「それは…」
『いつもは居間で寝てるけど今日は楽羅姉がいるから居場所がなくなっ』
「ベラベラ喋ってんじゃねーよッ!」
「………」
「……な、なんだよ」

じーっと見つめてくる透にたじろぐ夾。
しかし透は答えず、燕と夾を交互に見つめた。

『何?』
「……なんというか…お二人は仲良しさんなのですね!」
「あ!?」

途端に夾は顔を真っ赤に染めてしまった。

「だ、そ、そんな、そんなんじゃねーよ!こいつが一方的に構ってくんだろ!」
「そ、そうなのですか?」
『いーや、夾が構ってほしがってるから構ってあげてるの』
「バカ言ってんな!」

夾は燕の頭を小突くが、
力は全くこもっていなかった。

「なんだか恋人同士みたいです…」
「な!?」
『あーダメダメ、夾には楽羅姉いるし』
「違えっつの!」

そう怒鳴るとがっくりと頭を垂れる。

「あいつがいるとロクな事がねえ…結婚だの何だの、頭おかしいんじゃねえの」
「私は凄いと思います!」
「は?」
「あんなに人を好きになれるなんて凄いですし…それに、結婚は女の子の最大の夢ですし!」
「……そういうモンなのか?」
『俺に聞かないでよ』

困り顔で燕は首を横に振る。
確かにいつも男として生活している燕なのだ、
何かを語れるほど「女」らしくはない。

「夾くんの夢は草摩くんに勝つ事ですか?山で修行されたくらいですし…」
「あ…ああ、紫呉に聞いたのか」
『修行ってやっぱ滝に打たれたり?』
「そんなん毎日やるわけねえだろ」

やる事はやるんだ…
ぽつりと燕は呟く。

「大変でしたか?お一人で…」
「一人じゃねえ。師匠がいた」
「ししょう…さん?お強い方ですか?」
「強いなんてモンじゃねえよ!」

パッと夾の目が輝く。
そこは昔から変わらない。

「師匠の手にかかればクソ由希だってズタボロだっつーの!」
「ええっ!?そうなのですか!」

「師匠」の事を話す時の夾は、まるで小さい子供のよう。

「修行は厳しかったけど凄く充実した毎日だったぜ…」
「……」
「明日が来るのが待ち遠しかった!次は何を教えてもらえるのか、考えるだけでワクワクした!」
『……ぷっ…』
「!」

はしゃぐ夾を見るのは久しぶりで
思わず吹き出してしまう。

「お…女のお前らには退屈な話だったな…」
「え!」
『そんな事ないけどなぁ』
「そ、そうです!武闘は全然分かりませんが退屈なんかじゃありません!」
「はあ?」

呆れたように眉を上げながら夾は透を見る。

「俺は退屈だぞ、興味ねー話されたら」
「え、た、確かに私も物理の話をされたら眠くて仕方なくなりますがでも武闘はまったく興味がないわけでもなく
 技だって少しは知っています、えっと、えっと……右ストレート!」


――ぽすっ
力が全く入っていない右ストレート…らしきものが夾の腕に当たる。
が、もちろんダメージなど少しも与えていないようで、


「………ヘタクソ」
「!」

夾は不器用な笑みを浮かべ…
透はそれを見て嬉しそうな表情になり…

『……』

燕はそんな二人を見て複雑な顔になり…

『てかそれ技じゃないよね?』
「え?」
「指イカレんぞ。こうだ、こう」
「え?え?」

それを勘付かれないよう、いつもの笑みを見せたのだった。




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