束の間の倖せ

□第三話 君の笑顔が憎らしい
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「ここに…夾くんがいるって、ホントですか?」
「草摩…」

という事は!
透の頭にある考えが浮かぶ。

「夾くんなら今ニラと戦ってますけど、あの…」
「! 本当にいるんだ…っ」

しかし相手は感極まったように目に涙を滲ませ、
土足のまま家の中に入っていってしまった。

「あ、あらら……」


可愛い方です…

ではなくて!
もしや草摩という事はもしや、
十二支の…!







「いい加減にしろ!」

何とかようやく開放された夾。

「ニラなんぞ食わんと言ったら食わん!」
「文句があるなら出て行け」
「出てったるこんな家!」

まるで夫婦喧嘩のような内容だ。
紫呉は呆れ顔でご飯を頬張りながら一応声をかける。

「まあまあ二人とも…」
『ご飯冷めちゃ……あ?れ?』
「ん?」

ひくりと燕の鼻が動いた。

『何か…うん、騒がしくなると思う…』
「いやもう十分騒がしいけど」


――スパンッ!

紫呉の言葉と同時に襖が開き、
楽羅と夾の目が合った。

「夾、くんっ…!」
「か」
「楽羅…」
「あー……」

「四ヶ月も…っどこ行ってたの…」

目に涙を浮かべる、などというレベルではない。
ぽろぽろを大粒の涙が頬を伝っている。


「私…っ会い、会い…会いたかったァ!!!」


――バキャッ

「う」
『わ』

楽羅に頬を拳で殴られ見事吹っ飛んだ夾は、障子を突き破って庭に転がった。
その夾に当たるスレスレで由希に肩を抱き寄せられ
どうにか避ける事ができた燕、苦い顔をしてため息をつく。
もちろん由希もそれは同じで、

「障子ももう換え時だね、紫呉」
「全くだね、みんな人の家壊すの好きだね」

しかし一応夾の心配をしていた燕と違い、心配していたのは障子の方らしい。
夾の後を追って自分の頭上を楽羅が飛び越していっても、やはり紫呉の関心も障子に向く。

「あ、あの…」
「あーいいのいいのあれは愛情表現だから」
「愛…」

透も透で顔面蒼白だ。
確かに目の前で一方的にボコボコにされている夾を見ればそうなるかもしれない。

「好きな子をいじめちゃうのと一緒だよ」
『そういう次元じゃないけどね』
「でも、凄く…人格が変わったようにも見えます…」
「感情が高ぶるとああなるんだ」

由希はここで昼食を食べ始める。

「あれでも俺たちより2コ上だよ」
「ついでに言うと、楽羅も十二支」
「! やっぱりです!何年なのですか!?」

透の関心は楽羅に向かったようだ。

「見てれば分かると思うけど…」
「……夾くんが死にそうになってるのは分かります…」
「あらら」

バキャだのドガッだのガスッだの、容赦のない音が続いている。

『ねえ、そろそろやめないと死んじゃうよ』
「!」

燕の声に我に返った楽羅はビタっと止まる。
そして庭に力なく倒れこんだ夾を見て、じわじわと涙を浮かべ始めた。

「夾、くん…?こんな…ボロボロに…!誰がこんなひどいことを!」
「いや、君だよ君」










「ご、ごめんね、感激で力任せに喜んじゃって…」

十数分後。
落ち着いた楽羅と意識を取り戻した夾、そして昼食を食べ終えた紫呉たちが、
テーブルを囲んでお茶を片手に座った。

「へくしゅっ…」
「寒いな」
「うん、寒い」
「ごめんね…」

障子がない居間には、風が直接吹き込んでくる。

「でも夾くんだって悪いんだよ?何ヶ月も連絡くれないで…」
「何でてめえに連絡しなきゃなんねんだよ」

頬に濡れタオルを押し付けている夾は
どうにも学習しないらしい。
辛辣な言葉を楽羅に投げつける。

「だって私たち、将来結婚する仲なんだし…」
「いつ決めた!?」
「小さい頃お嫁さんにしてくれるって」
「あれはてめえが脅したんだろうがーーッ!!!」

燕の脳裏にその時の映像がよぎる。
確かに……あれは脅していた。
刃物らしきものをもって夾を壁際に追いやっていた楽羅が
まさに鬼神のごときオーラを纏っていたのをぼんやりと思い出す。

「婚約者がいらしたのですか!」
「よかったな相手になってくれる女性がいて」
「めでたいねぇめでたい」
『そだねぇ』
「お〜ま〜え〜ら〜っっっ」

透以外は興味がないらしく煎餅をぽりぽり齧っている。

「どうして…?十二支同士で結婚するのが一番幸せなのに…」
『まあ変身しちゃう苦しみとか分かちあえるしね』
「そうそう。それに、十二支同士なら抱き合っても変身しないもん」

楽羅は夾を締め付け…
もとい、夾に抱きつきながら言う。

「…っ」
「燕ちゃんもそうだもんね?」
『え、うん……』

悩んだ結果、隣に座っていた紫呉を選んだらしい。
彼に控えめに抱きつくも、どちらも変身しなかった。

「あらやだ燕くんってば大胆…」
『気持ち悪いこと言わないで』

そう言うとすぐ離れる燕。

「ホントです…何故でしょう?」
『んー…分かんない』
「十二支にはあと二人女性がいるけど、その人たちと抱き合っても変身しないのは確かだね」
「え!」

あと二人女性がいる。
透の関心は一気にそちらに向かった。

「まだ女性が二人も…!うわぁ、うわぁあ…っ」
「何年か知りたい?」
「ん〜〜〜…やめます!ここはじっくりゆっくりワクワク考えてもいいですかっ?」
「それも楽しそうだねぇ」
「本田さんらしいや」
『微笑ましい限りだねーいやホントに』

「あの…本題に戻ってもいい…?」





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