束の間の倖せ

□第二話 そこへ行くことができたら
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〜次の日〜

「どこにいるの!?」
「あそこ!オレンジ頭の子よ!」
「えぇ!?似てないじゃんっ」
「ねぇ君、本当に草摩くんのイトコ!?」
「……………」

ライオンの群れの中に放たれた一羽のウサギ…と言ったところだろうか。
もっとも夾はウサギではなく猫だが。

『夾』
「放っとけ!」
『あのさぁ、そんな神経張り詰めなくても…』
「うるせえって言ってんだろ!」
『……』

むっと顔を顰める燕。

「ほら、嫌われてる」
「だってあんな地味で暗い感じなんだもん…」
「イトコくんは草摩くん寄りよね?」

今更女生徒に好かれたいと思わないが…
それでも大勢の前で怒鳴られるのは、いい気分ではない。

いきなり夾の胸倉を掴むと、もう片方の手を勢いよく振りかぶった。

「!…………」

ぎゅっと目を瞑る夾だったが。

『……ぷっ』
「…あ?」
『ビビッた?やるわけないじゃん』
「なっ……燕てめぇ…」

すっきりしたのか燕は掴んでいた手を離し、
振りかぶっていた手で夾の頭を撫でる。

『面倒事を起こしたら罰ゲーム』
「う」
『じゃ、頑張れ』
「おい…」

離れていく燕を心細げに見送ったように見えたのは、
きっと間違いではない。
夾は本当に女慣れしていないのだ。
いきなり囲まれて怯えてしまうのも分かる。

その結果…

「お、おお、俺にかまうなああああ!!!」
「きゃあ!!」
「やめて、ここ二階…!」

いっぱいいっぱいになった夾が教室の窓から
飛び降りてしまうのも…分かる…ような気がする。

『面倒事…に入るかな?』
「ったく……」
『どこいくの』

呆れ顔で席を立った由希は、
「バカ猫を連れ戻してくる」とだけ言うと
教室を出て行ってしまった。


『………』


そこで大人しく待っている燕ではない。

結果、由希の後を追って体育館の裏まで来ていた。
角を曲がろうとした燕の耳に、夾の声が飛び込んでくる。

「なんでこんな…――女がわらわらいる学校に通ってんだよ」
「…慊人が決めた男子校に入るより、ずっとずっとマシだよ」

由希はため息交じりに言う。

「俺は少しでも十二支の檻から出たいんだ。…自ら入りたがるお前の気が知れないよ」
『………』


つい昔を思い出した。


――お母さん…いつになったらここを出られるの?
――いつになったら…家に帰れるの…?


『……』
「っお前に!鼠に分かるもんか!」
「…」
「俺は勝つ!お前に勝って…れっきとした草摩の、十二支の一員になるんだ!」
『…っ』


燕は唇をかみしめる。


もうこれ以上草摩の爪弾きになりたくない…
夾はその思いで何回も鼠に向かっていく。

猫が鼠に勝てるはずがないのに。

狼は、やっぱり猫の力になれないんだ
十二支じゃないから。
仲間じゃないから。

バカみたいだ、俺…
だから…皆を助け出してやれないんだ


それなのにどうして……
諦められないんだろう?


「燕?」
『――あ』

気付くと由希が顔を覗き込んでいた。
盗み聞きをしていた事がバレてしまったが、

「来ると思った」

由希は小さく笑うだけ。

「で、見てたんだろ?」
『………何を?』
「何をって……本田さんに八つ当たりするところだよ」
『本田さん?』

気付かなかった。
それほどまでに自分の世界に入ってしまっていた。

聞くと、由希に掴みかかった夾を止める為に、
透はまた夾の背中に抱きついたのだという。

一度ならず二度までも背中をとられてしまうとは…

『で、それで八つ当たり?』
「そう。ホント、バカなんだから」
『……仕方ないなぁ』
「――ねえ」
『え?』

歩き出した燕の腕を掴んで引き止める。


「…燕はどうして…――どうして……」
『なに?』
「あ……―――ごめん、忘れて」
『…?』

小さく首を横に振ると、その手を離してしまった。





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