束の間の倖せ

□第二話 そこへ行くことができたら
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「……凄いね」
『いーい匂い』

見事、由希と燕の声が重なった。
鍋の様子を見ていた透が振り返り、にっこりと笑顔を見せた。

「あ、おかえりなさい!」
「ただいま。――本当に凄いね。本田さん…」
『よくあそこまで腐った台所を…こんなに綺麗に…』
「かんばりましたっ!」

透が≪腐海の森≫といった、台所。
それが、たった半日で普通に使える、とても綺麗な台所になったのだ。

「お夕飯ももう出来てますよ」
「……この家に炊飯器なんてあったんだ」
「発掘したのです!」


草摩の家に厄介になると決まったからと、
透は家事全般をまかなう事になった。
その代わり、部屋代等は払わないでいいと紫呉は言ったのだが、
むしろこちらが給料を出した方がいいのではないかと
思えるくらいの働きだったりする。


「……うん、美味しい…」
「味、うすくないですか?」

透は不安そうに聞くが、由希は微笑む。

『あー美味しい。手料理っていいね…』
「紫呉とバカ猫はどこに行ったんだろう…せっかくの料理が冷めちゃうよ」

言いながらも由希はどうでもよさそうだ。
温かい味噌汁を啜りながら煮物を箸で摘む。

「お二人も出掛けてましたね。お買い物ですか?」
「あぁ…俺は…――裏庭の、………秘密基地に…」
『……』

ぴくりと燕の肩が跳ねるも、
由希も透も気付く事はない。

「秘密基地?うわぁ、ドキドキする響きですねっ」
「…そんなすごいものじゃないけど…良かったら今度招待するよ」
「いいのですか?嬉しいです!」


――どうして

口から出そうになった言葉を飲み込む。
自分が醜いと思ったから…

「――あっ…――燕くんはどちらへ?」
『んんー…何でもない。この辺りを散歩してただけ』
「散歩ですか?」
「何時間も?」
『……』

燕が黙ってやり過ごそうとしたその時、
スパンッ!と障子が開いて縁側から夾がずかずかと中にあがってきた。


「だから少し話を聞くんだ夾!」
「あったまきた!そーやって人を手の平の上で転がして楽しいかよ!」
「待ちなさい!楽しくないかと言えばかなり楽しいがでも君のためなんだよ」

何の話か知らないが全然説得力がない紫呉の言葉。
夾も紫呉も土足のままなのだが…

「あの、おかえりなさい。夕食は…」
「いらねぇ!」
「!」
「夾!」

紫呉が呼びとめたにもかかわらず、
夾は二階へ土足のまま上がって行ってしまった。

「透くんにあたるんじゃないと言うかちゃんと玄関から入りなさい靴も脱ぐ!!」
「ホントに説得力無いね」
『自分の足元見てみなよ土足だから』

するどい突っ込みが二つ。

「洋服着てるの初めて見たです!似合ってます!」
「えっ、そう?そうかな!?」
「ホストみたい」
『胡散臭い』
「あのさぁ、そろそろ君たちひどくない?」
『靴脱いでよ…』

食器を重ねながら紫呉を睨みつける。
そんな紫呉は座りながら靴を脱ぎ、それを縁側の方へ放り投げた。

「夾ね、怒ってるから放っといて。騙して編入試験受けさせたもんだから」
「編入…ですか?」
「そうそう」

うんうんと頷きながら、紫呉はにっこりと笑う。

「明日から夾くんも、君たちと同じ学校に通う事になったわけですよ」


その言葉を聞いた燕の反応は早かった。
急いで由希の肩を掴んだのだ。

「食べるな近寄るな…出ていけ…っ…」
『お怒りはごもっとも…』
「うん、まあね。怒ると思ったよ、やっぱりね…」

紫呉は由希をなだめつつ、
タイを緩め、袖のボタンを外す。

「夾はね、地元で受かった男子校にもいかず、四か月あまり行方を晦ましていたんだ」
「えっ」
「当時一番仲が良かった燕くんでさえ居場所を知らなかったんだけど」
『…分かったの?』
「教えてもらったよ――山で修行してたんだって」

修行と聞いて透の頭に浮かぶのは、
滝に打たれたり、熊と決闘したりしている夾の姿だ。

「えと、修行してどうするんですか?」
『…由希に勝ちたいんだよ』
「え……」
『由希は夾の、子供の頃からのライバルなんだ』

すると由希は燕の予想通り、

「…バカな奴」

と、きっぱりと言い切り、
そこに夾がいるかのように庭を睨みつける。

「…勝つ……ですか…」


――修行してまで草摩くんに勝ちたいと思うのは…
――あの昔話のように、騙されたことを恨んでいるからなのでしょうか


しかし、それを聞くのは夾に悪いと思う透。
それでなくとも夾に嫌われている気がするからだ。

――せっかく会えた、十二支の猫さんなのに…




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