崩牡丹

□医務室の曲者
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「私と出会って、持てたものとは?」
『…………文次郎に言うと怒られると思うけど…死ぬ覚悟です』
「…死ぬ……覚悟」

これは意外だったらしく、雑渡は僅かに目を見開く。
影四郎は薄く笑い、また保健委員の仕事に取り掛かった。

『あの時、もう死ぬんだなって思いました』
「こっちも殺すつもりだった」
『でも私は誰かを守って死ぬって言われたから…私が死んで三人が助かるなら、って』
「…」

――誰かを守って死ぬって言われた…
誰に言われたのか、雑渡は知りたいと思ったが、彼が話してくれるとは思えない。

「…てっきり、捕まった時から覚悟をしていたと思っていたんだけどね」
『覚悟したのはあなたが眼を潰せと言った時ですよ』

薬研を手にしながら言うと、隣で雑渡がため息を漏らすのが聞こえた。
しかし影四郎は構わずに薬を挽く。

「…君は保健委員ではないのだろう?」
『はい』

明日までに用意しておかなければならない薬がある。
しかしそれは下級生が調合するにはいささか荷が重いもので。
偶然にも今日は委員会の仕事が少なかったため、引き受けたというわけだ。

「薬に詳しくなるのはいい。いざという時の助けになる」
『そうですね…』

適当な相槌ではなく、本当にそう思っている。
伊作に薬の大切さを教え込まれたせいかもしれない。

「手伝おうか」
『………いいです。何を入れられるか分かったものじゃない』
「正しい反応だ。しかし私は心から申し出ているんだがね」
『……』

ことん。
影四郎は手にしていた薬研を置いた。


●●●


そして……二刻ほどが過ぎた。
ちょうど一刻ほど前から小平太と組手という名の殴り合いをしていた文次郎が
怪我をした左腕を庇いながら医務室にやってきた。
伊作がいないというのは知っている。そしてこの時間なら影四郎が代わりにいるという事も。

「影四郎、怪我の手当てを…」

戸を開いた途端、固まった。

「あ」

あの曲者と影四郎が二人で座って薬の調合をしている。
しかも距離が…近い。近すぎる。体が触れ合いそうな距離だ。

「てめぇええ!!!影四郎から離れろ!!」

ずんずんと歩み寄ってきたかと思うと、文次郎は影四郎の右腕を掴んで雑渡から引き離す。
力強く掴んだせいで影四郎が痛そうに顔をしかめているが気にしない。

「お前!俺と勝負しろ!」
『文次郎、まず手当てするから』
「邪魔が入ってしまったね…」

雑渡はこれ見よがしにため息をつくと、文次郎を一瞥して立ち上がった。

「俺が来なかったら何をする気だっt」
『もーんじろう!動くな!』
「じゃあ影四郎くん、また会おう」
『もう来ないでください』
「おや、つれないね」

言いながら雑渡は、包帯の上から自分の左目をとんとんと指した。

「欠陥品同士仲良くしようと思ったんだけど」
『!』

雑渡の言葉を聞いて文次郎が立ち上がりかけたのを見て、
忍者は薄く笑って医務室を出て行った。






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