崩牡丹
□あの頃の私には大きすぎた
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『彼みたいになりたいと、思っていたんだ』
「…」
『……』
――どこか穏やかな表情で私に顔を向けたかと思えば、
『ごめん、やっぱなし』
「は?」
『今の忘れてくれ』
「は!?」
――あいつは…っ
「私をバカにしているのか!」
「はい!?」
「そう思わないか伊作!」
食堂にて。
たまたま同席した伊作に八つ当たりをする仙蔵だが、それは仕方ないかもしれない。
先日の実習であった事を簡単に説明すると、伊作は驚きに目を見開いた。
「影四郎の口からあの人の名前が出るなんてね…」
「私も、そう思ったから真剣に聞こうとしたのだ」
「うーん」
煮物を口に運びながら伊作は昔を思い出す。
「…まぁ…口に出しただけ、凄いんじゃないかな。まだ話す勇気はないかもしれないけど…」
「…」
もう五年間、彼の名前を聞いていなかった。
名前を口に出すだけで辛い…ならば、
「……もし…≪誰か≫に責められたら」
「…≪誰か≫…ねぇ」
仙蔵が言った≪誰か≫と、伊作が言った≪誰か≫。
とある人物を指しているような、そんな言い方だ。
考えていても仕方ないと思ったのか、仙蔵は食事を再開する。
そして、伊作も。
「おばちゃん、いるか?」
「あら!久し振りねえ」
「「…」」
食堂に入ってきた人物の声が耳に届き、二人は動きを止めた。
互いに目配せをし、互いが同じ事を思ったのだと知る。
恐る恐る、その人物に目を向ける…
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