あなただけをいつまでも

□FILE-9 おしゃれ泥棒
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『日本刀には真打と影打がある』
「ふむふむ」
『真打というのは、数本打った中で一番出来の良い物だ。それを依頼人に渡す』
「ふむふむ」
『そしてそれ以外を影打という。普通は影打は手元に残す物らしい』

柊による簡単なレクチャー。
玲は真剣な顔をして頷いている。

「先輩のご実家には童子切の影打があるんですよね?」
『ん?ああ…よく知っているな』

ぎく!と玲の肩が跳ねる。

「え!えっと!こ、この前テレビで見て…」
『ああ、あれか』
「そ、それです」
『よく覚えていないが、確か当時の当主とその刀工が懇意にしていて…それで二番目に出来の良い物を貰ったらしい』

ただの作り話だと思うがな。
そう言って柊は紅茶の入ったカップを口に運ぶ。

『大体うちの家がそんな昔から続いているのかも怪しい…』
「あ、あはは…」

苦笑しつつも玲が考えているのは母たちの事。
欲しいと思ったら考えを変えない困った人たち……
けれど息子として、「怪人20面相」として、願いは叶えてあげたいのだ。


───でも…どうしましょう


小さくため息を溢す。


───お母さんたちの事は大好きです
───でも盗まなきゃいけないのは
───同じく大好きな柊先輩のお家の家宝だなんて!


「ううー…っ」

「何かあったんでしょうか、伊集院は」
『さあな。しかしそれにしても…』

柊は窓の外に目をやる。
温かな木漏れ日、微かに聞こえる鳥の鳴き声…

『落ち着くな…』
「はい…」

残が席を外しているせいもあるのだろう。
彼が大人しく、無言で仕事をしている事などほとんどないのだから。



───バンッ!
と、…そこに突如響き渡る大きな音。

「お待ちになって残様!」
「で、ですから、そろそろ学生会役員会議の時間ですので!」

大勢の女生徒に追われ、残が学生会室の扉を勢いよく開け放った音だった。

「お嬢様方、お気をつけてお帰りくださいね」
「「「「えーーっ!」」」」

そんな状態でも笑顔を絶やさない残は「凄い」のだろう。
色々な意味で。

ぱたん、と静かに扉を閉めた残はそのまま座り込んでしまう。

「こ、今回は命の危険を感じたぞ…」
『相変わらずだな』
「相変わらずですね」
「今紅茶を淹れますね!」

残が乱入してきて考え事が中断されたらしく、玲はてきぱきと用意をし始めた。

『………』
「ちょ、柊…」

気になったのか柊は、残が止めるも構わず廊下への扉を開ける。

「あっ柊さん!」
「ちょうどよかった!聞かせてくださいな!」
『え、何をですか?』

なるほど、確かに残が「命の危険」を感じるほどだ。
いつもの「追っかけ」の倍ほど、女生徒たちはいた。
一度に話しかけては大騒ぎになると思ったのか(もう十分に大騒ぎだったが)
その中の二人がずずいっと前に出てきた。

「残様の意中の人ですわっ!」
『はあ?』
「わたくしたち、それを聞き出そうとしていましたの!」

もう少しでしたのに。
本当に。あとちょっとでしたのに。

皆が口々に言う。

「蘇芳さんはもうお付き合いをなさっている方がいらっしゃるのでしょ?」
『ああ、はい』
「やっぱり!」

途端にざわめきが広がる。

「蘇芳さんファンクラブの方々、お通夜みたいでしたものね…」
「でも良いのですって。元々蘇芳さんはサービス精神があまりない方だもの」
「あの方のファンは耐えるのが仕事のようなものですもの」
「ファンクラブ、一人も減っていないのだとか」
『へえそれは凄い』
「玲くんもどなたかとお付き合いなさっているのですよね?」
「相手は分からないらしいけれど…」
「となるとあと残っているのは我らが残様のみ!」

確かに、そうなるのは分かる。
しかし…
「意中の人を聞きだそうとしていた」と言った。
という事は彼女たちは、残に「意中の人」がいるものだと思っている、という事だろうか。

『残の意中の人……いるんでしょうか、やっぱり……』
「………」
『…? 何か?』

全員の視線が自分に集まっている事に気付き、柊は首を傾げる。

「…わたくしは、柊さんの事だと思っていたのだけれど…」
『へ!?』
「私もですわ。だって残様、柊さんの事は特別だっておっしゃってましたもの」
『と、特別?』

どきん!と柊の胸が高鳴った。
前に何故女生徒を秘書にしたのかと残に訊ねた事がある女生徒曰く、
「彼女は特別だからですよ」とあっさり言われたのだと言う。





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