あなただけをいつまでも

□FILE-5 暗くなるまで待って
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「……夏だなぁ…」

妹之山残は呟いた。
ちりーんと、涼しい音をたてる風鈴を、満足げに見つめている。

「会長、そろそろ片づけて下さい」

鷹村蘇芳が蚊帳をくぐりながら言った。
蚊帳が揺れ、そこにかかっている風鈴がまた涼しい音をたてる。

「今日中に処理しなくてはならない書類が山のようにあるんですから」
「蘇芳も一緒に夏を満喫しないか?」

残は蘇芳に浴衣を差し出した。
が、

「……CLAMP学園はオールセントラルコンディショナーで、夏でも冬でも、≪暑い≫≪寒い≫と感じることはありません」

一応その浴衣を受け取りつつ、蘇芳は冷たく言い放つ。
そして静かに回る扇風機を見つめた。

「わざわざ扇風機を回すことも、蚊取り線香をたくこともないと思いますが…」
「甘いぞ蘇芳!」

だがその言葉が、残のスイッチを入れてしまったようだ。

「たとえ一年中常春のCLAMP学園でも、四季を大切にしなければならない」
「はぁ…」
「蚊取り線香、蚊帳、金魚…そして風鈴。これこそ≪日本の夏≫じゃないか!」

残のバックに花火が見える。
幻聴で、花火の音も聞こえてくるようだ。

「――そして≪日本の夏≫の飲み物は…≪冷やしあめ≫ですよね」

そう言って褐色半透明の液体が入ったコップを差し出したのは伊集院玲。
二人はそれを受け取り、一口飲んだ。

「うまい!さすがだな、玲」

残は扇子をバッと開いた。
文字は≪あっぱれ≫。

「ありがとうございます」
「…………確かにこの冷やしあめはおいしい。ですが…」

蘇芳はコップを置いた。

「夏だからと言って、書類が減る訳じゃありません」
「う…」
「柊さんがいらっしゃらない今、人手が足りていない状態なんですよ」

お分かりですか、と蘇芳は残を見据える。

「何故柊がいないんだ?」
「……………へ?」

きょとんとする残に、蘇芳は思わず素っ頓狂な声を漏らす。

「ご存じないんですか!?」
「わわ、」

玲も驚きに目を見開いた。
ずいっと残に詰め寄ると、彼は驚いて仰け反る。

「あ、あぁ…」
「「……」」

絶句する二人に耐えきれず、残から聞いた。

「彼女がどうかし…――」

途端、学生会室のドアが開く。

「………いるじゃないか」
「「え?」」

二人が振り向くと、ドア付近に立っている柊が目に入る。

『…遅れてすまなかったな』
「だっ…大丈夫なんですか柊先輩!」

一番に玲が駆け寄った。
それこそ心配そうで、むしろ泣きそうだ。

「お怪我を…!」
『もう知っているのか』
「知ってるも何も、医務室の先生が教えて下さいました」

蘇芳も柊に歩み寄り、残もその後に続く。

「それで怪我は…?」
『……』

数秒黙った後、柊はちらっと右手を見た。

『心配いらな…――いっ!!』
「……」
「た、鷹村先輩?」

がしっと、強い力で、柊の右手首を掴む蘇芳。
案の定彼女は痛みに顔を歪める。

「右手の骨折、右足の打撲…でしょう」
『……な、何のことやら…』
「…医務室の先生が教えて下さったんです」
『裏切ったな…』
「…」

ぽつりと呟く柊に何を言っても無駄だと思ったのか、残の方に顔を向ける。
手はまだ掴んだままだ。

「…とまぁ、柊さんはお怪我をなさっているんです」
「そうか…何でまた?」

優しく、まるであやすかのように残が聞くと、柊は床を睨んだまま口を開いた。

『――書類を処理してしまったら教える』
「…は?」
『今日中に処理しないといけない書類が山ほどあるんだ』

蘇芳と全く同じセリフを呟く柊。

『だから…――っと』

疾風の如く席に着いた残は、がりがりとペンを走らせていた。

『…現金な奴だ』
「これで久々に捗りそうですね」
『よかったよかった。玲、お茶を淹れてくれないか』
「はーいっ」

軽い足取りで駆けていく玲を尻目に、柊は蘇芳を見る。

『そろそろ手を…』
「あっ…はい」

ぱっと手を離すも、蘇芳は思い出したように柊の目を見据えた。
もちろん柊は目を合わせないように視線を逸らしている。

「後できちんとギプスを付けてください」
『分かったよ…』
「本当ですか?」

自分の机に向かおうとする柊の後をつけてまでしつこく言う蘇芳。

『バレてしまったんだから仕方ない』
「もっとご自分を大切にしてくださらないと…」
『女はこのくらいがいいと誰かが言っていた』
「言ってません」
『いや言っていた。うちの母かな』
「柊さん…ふざけないでください」

脱力してため息をつくと、ちょうど玲がお茶を運んできた。

「でも会長にお知らせしなくても良かったんですかね?」
『あぁ…この件は私の不注意からだ。知らせる必要はない』
「…珍しいですよね。先輩ほどの方が…――」


「蘇芳!!これは何だ!?」

会話を打ち切ったのは残の呼ぶ声。
見ると残は、一枚の書類を見つめている。

「――…それは一般生徒からの投書です」
「投書?」
「…初等部の文化棟に続く廊下に…霊が出る、と……」
『……』

ふぅ…とため息をつく柊。
バレてしまった、とでも言わんばかりだ。

「……うーん…」
「し、しかし目の錯覚かと思いますので…一応書類に目を通して頂いて…捺印を…」
「蘇芳」

蘇芳の話など全くこれっぽっちも聞いていない残。

「この幽霊の性別は?」
「……………………………………………女性です」

――ガタンっ
残が思い切り立ち上がる。

「これは立派な事件だ!学生会役員として見過ごすわけにはいかない!」
『はぁ…』

柊や蘇芳からしたら都合の悪い事に、目に炎を宿らせていた。
こうなってしまってはもう仕方がない。

ゆっくりと柊は立ち上がり――傷が痛むのだろう。顔をしかませながら歩きだした。


『話を聞きに行こう』




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