崩牡丹

□医務室の曲者
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雨がしとしとと降っていた。
忍術学園はとても静かだった。

医務室で保健委員の仕事をしていた影四郎はふと顔を上げ、
小さくため息をついて口を開く。

『六年は組は実習です。伊作は明日まで留守にしていますよ』
「……」

雑渡はしばらくの間、医務室の戸口にじっと立っていた。
しかしふっと笑いを零し医務室の入る。
戸を閉めると、雨が降る音は聞こえなくなった。

「君は気配を察知するのが上手いようだね、綾部影四郎くん」
『ありがとうございます』

振り返ってにっこりと笑う影四郎。

『けれどそんな事はありませんよ』
「そうかい?忍術学園一だと聞いたんだが」

影四郎の事、そして彼の周囲の人間の事…それらを全て調べてきたのだろう。
しかし分からなかった。
何故、この忍者はこんなにも自分に興味を持っているのか…。

『気配を読めたところで忍びの腕はまだまだ未熟です』
「≪落ちこぼれ≫、だと?」
『そこまでは言ってませんが…まあそうです』

仙蔵にも、文次郎にも、長次にも小平太にも、伊作にも留三郎にも、
影四郎が勝てた事はない。
成績は伊作より若干影四郎の方が上だが、それは伊作の不運のため。
彼の不運がなければ影四郎は一番の落ちこぼれだった。

…頭脳だけだったら小平太が一番下になる事は目に見えているが。

「随分な謙遜だねぇ…」

雑渡は影四郎の背後に座りながら大袈裟にため息をつく。

「外は雨、音はかき消され匂いも消える」

ぎしっ。
影四郎の背後で床が軋んだ。

「加えてこっちは忍者だ、気配を消すのは当たり前だし慣れてる」

ぎしっ。
また軋んだ。雑渡の気配が近くなる。

「それなのに君は私の気配を察知した…」
『……』

後ろから伸びる雑渡の手が影四郎の胸に回る。
つうっと胸をなぞり、その指は喉元へ。

「素晴らしい力だと、私は思うけどねぇ…?」
『…それは……どうも』

この男は何が言いたいのか…
影四郎にはまだ分からなかった。

指は喉を擽り、顎へ、そして唇へ…
いつの間にかもう片方の腕も回ってきていた。
静かに、しかし力強く、抱き寄せられる。

「何故自信を持たない?」
『…持てるほどの力がないから』
「忍者に必要な力が?」
『ええ』

唇を撫でていた指が滑り、右頬を撫でる。
行き先が分かった。

「もったいない。せっかくいいものを持っているというのに」

耳元で囁かれる言葉。

「君をそういう性格にさせたのは…――全てこの傷のせいかな」

そっと、指が傷をなぞる。
ああやはりそういう事かと、影四郎は小さく笑った。

『どうでしょうね。私は昔から力も自信も、何もかも持ち合わせてはいませんでした』
「昔というのは?」
『あなたに出会う一瞬前、ですかね』

そう言うと影四郎は、右目の瞼をなぞっていた雑渡の腕を払う。
そして距離を置き、体を雑渡に向けて座りなおした。





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