あなただけをいつまでも

□FILE-9 おしゃれ泥棒
4ページ/7ページ



そして次の日、
午後10時前。

偲隠家の庭は、屋敷は、
屈強な男たちで埋まっていた。

『警察にも知らせていないんですね』
「ええ」

にっこりと母は微笑んでいる。
その膝の上には、「童子切・影打」が乗せられていた。

『いいんですか。外に出しておいて』
「ええ、もちろん」
『……』

今二人がいる場所は屋敷の中心部の、そのど真ん中にある当主の部屋。
つまり母の部屋だ。
母は20面相が来るより早く───普段飾ってある床の間からここに、持ってきたのだと言う。

「一番安全な場所ですよ」
『…………もしもがあっても、お手柔らかにお願いします』

小学生の身で数々の優れた賞をかっさらってきた柊ですら、
未だ一度も手合わせで勝てたことがない、母の膝の上。
確かにこれ以上ないくらい安全な場所だと思えた。

母は壁にかけてある時計を見る。
その瞬間ちょうど、長針が天辺を指した。


『───!』

柊がばっと振り返る。
今、かすかに人の声が聞こえたのだ。

聞き間違いではない。
徐々にその声は大きく、多くなっていく。

「いらしたようですね」
『…行ってきます』
「ええ」

母は座布団の上に座ったまま、刀を抱きかかえたまま、微動だにしていなかった。




●●●




廊下を走り、座敷を突っ切り、数分かかってようやく柊は中庭に出ることができた。
そこにもガタイのいい男たちが配置されていたはずだが、
たった数分の間に、彼らはぐったりと地に伏してしまっていた。

見たところ怪我はない。
というか、ただ眠っているだけのようだ。

「催眠ガスでも撒かれたのでしょう」
『うわ!…あ、ああ、お前か』

年齢不詳の偲隠家執事だ。

「お怪我は」
『ない。20面相を見てもいない』
「……私は見ました」

執事は顔を上げ、空を指す。
つられて柊もそちらを見るが何もない。
強いて言うなら星空が広がっているくらいだ。

「舞い降りてきたのです、少年が」
『…飛んできた、と?』
「どちらかといえば飛び降りてきた、ですね」
『どこから』
「気球から」

門の警備は万全だった。
わざわざそこから侵入するよりよほど賢い。

『で?お前は何をしていたんだ』
「何も」

執事は無表情のまま、首を横に振る。

「命令は何もありませんでしたから、遠くから20面相を眺めておりました」
『じゃあ20面相はどこにいったんだ!』
「あちら、」

その長い指は、蔵の方角を指していた。




●●●




───そして、

「ふう、手に入れられてよかった」

薄暗い蔵の中。
仮面をつけた少年は大きく息をついた。
その手には、彼が持つには大きすぎる、古ぼけた刀がある。

「まったく…よりによって柊先輩のご実家のものを盗んでこいだなんて…」
『苦労しているみたいだな』
「はい、でも大好きなお母さんだから叶えて……あげ…たく………」

振り向いた彼が見たのは、
息を弾ませながらも、ギロリをこちらを睨みつけている柊の姿。

「せ、せんぱいっ!?」
『私は20面相の先輩だったつもりはないが?』
「あっあっそうか、えっと、あの、」
『玲』
「は、ははは、はいっ!」

正直すぎる。
20面相───いや、玲はビシッと背筋をただし、柊と向き合った。

『………とりあえず』
「はい!」
『今日は逃げろ』
「はっ…い?」

見逃してもらえるとは思っていなかったのだろう、玲はぽかんと口を開けた。
しかし柊としても、今ここで、20面相がCLAMP学園初等部の人間だと、バレてほしくはない。

『話はまた明日、学校で聞こう』
「あ、の…いいんですか…?」
『構わない。母君がそれを待ってるんだろう?早く帰るといい』

母君といえば…
ぺこぺこと頭を下げている玲を尻目に、柊は自分の母を思い出す。

どうしてあの人の部屋にあったはずの刀が、今、ここにあるのだろう。
ああも大事そうに抱えていた物を盗人に奪われるなど信じがたい。

そもそも玲が中庭から真っ直ぐ蔵に来たとして、
母の部屋はまるっきり逆の方角にあるのだ。
腕時計を見れば、長針は二と三の間を指している。

柊が出て行った直後に蔵へと走れば、玲がやって来る前に刀を置いておくことは可能だが、
そうすることのメリットがまったく思いつかない。
考えれば考えるほど、母の企みが遠ざかっていく。

『利用されたかもしれないぞ……玲』

気球で飛んでいく玲を眺めながら、柊は小さく呟いた。






.
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ