あなただけをいつまでも
□FILE-9 おしゃれ泥棒
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そして次の日、
午後10時前。
偲隠家の庭は、屋敷は、
屈強な男たちで埋まっていた。
『警察にも知らせていないんですね』
「ええ」
にっこりと母は微笑んでいる。
その膝の上には、「童子切・影打」が乗せられていた。
『いいんですか。外に出しておいて』
「ええ、もちろん」
『……』
今二人がいる場所は屋敷の中心部の、そのど真ん中にある当主の部屋。
つまり母の部屋だ。
母は20面相が来るより早く───普段飾ってある床の間からここに、持ってきたのだと言う。
「一番安全な場所ですよ」
『…………もしもがあっても、お手柔らかにお願いします』
小学生の身で数々の優れた賞をかっさらってきた柊ですら、
未だ一度も手合わせで勝てたことがない、母の膝の上。
確かにこれ以上ないくらい安全な場所だと思えた。
母は壁にかけてある時計を見る。
その瞬間ちょうど、長針が天辺を指した。
『───!』
柊がばっと振り返る。
今、かすかに人の声が聞こえたのだ。
聞き間違いではない。
徐々にその声は大きく、多くなっていく。
「いらしたようですね」
『…行ってきます』
「ええ」
母は座布団の上に座ったまま、刀を抱きかかえたまま、微動だにしていなかった。
●●●
廊下を走り、座敷を突っ切り、数分かかってようやく柊は中庭に出ることができた。
そこにもガタイのいい男たちが配置されていたはずだが、
たった数分の間に、彼らはぐったりと地に伏してしまっていた。
見たところ怪我はない。
というか、ただ眠っているだけのようだ。
「催眠ガスでも撒かれたのでしょう」
『うわ!…あ、ああ、お前か』
年齢不詳の偲隠家執事だ。
「お怪我は」
『ない。20面相を見てもいない』
「……私は見ました」
執事は顔を上げ、空を指す。
つられて柊もそちらを見るが何もない。
強いて言うなら星空が広がっているくらいだ。
「舞い降りてきたのです、少年が」
『…飛んできた、と?』
「どちらかといえば飛び降りてきた、ですね」
『どこから』
「気球から」
門の警備は万全だった。
わざわざそこから侵入するよりよほど賢い。
『で?お前は何をしていたんだ』
「何も」
執事は無表情のまま、首を横に振る。
「命令は何もありませんでしたから、遠くから20面相を眺めておりました」
『じゃあ20面相はどこにいったんだ!』
「あちら、」
その長い指は、蔵の方角を指していた。
●●●
───そして、
「ふう、手に入れられてよかった」
薄暗い蔵の中。
仮面をつけた少年は大きく息をついた。
その手には、彼が持つには大きすぎる、古ぼけた刀がある。
「まったく…よりによって柊先輩のご実家のものを盗んでこいだなんて…」
『苦労しているみたいだな』
「はい、でも大好きなお母さんだから叶えて……あげ…たく………」
振り向いた彼が見たのは、
息を弾ませながらも、ギロリをこちらを睨みつけている柊の姿。
「せ、せんぱいっ!?」
『私は20面相の先輩だったつもりはないが?』
「あっあっそうか、えっと、あの、」
『玲』
「は、ははは、はいっ!」
正直すぎる。
20面相───いや、玲はビシッと背筋をただし、柊と向き合った。
『………とりあえず』
「はい!」
『今日は逃げろ』
「はっ…い?」
見逃してもらえるとは思っていなかったのだろう、玲はぽかんと口を開けた。
しかし柊としても、今ここで、20面相がCLAMP学園初等部の人間だと、バレてほしくはない。
『話はまた明日、学校で聞こう』
「あ、の…いいんですか…?」
『構わない。母君がそれを待ってるんだろう?早く帰るといい』
母君といえば…
ぺこぺこと頭を下げている玲を尻目に、柊は自分の母を思い出す。
どうしてあの人の部屋にあったはずの刀が、今、ここにあるのだろう。
ああも大事そうに抱えていた物を盗人に奪われるなど信じがたい。
そもそも玲が中庭から真っ直ぐ蔵に来たとして、
母の部屋はまるっきり逆の方角にあるのだ。
腕時計を見れば、長針は二と三の間を指している。
柊が出て行った直後に蔵へと走れば、玲がやって来る前に刀を置いておくことは可能だが、
そうすることのメリットがまったく思いつかない。
考えれば考えるほど、母の企みが遠ざかっていく。
『利用されたかもしれないぞ……玲』
気球で飛んでいく玲を眺めながら、柊は小さく呟いた。
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