崩牡丹

□兄弟だから
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『これで用は終わったが、どこか行きたい所はあるか?』
「兄上はないのですか?」
『私か…』

そういえば行きたい所を挙げていなかった。
といっても、喜八郎が町に行きたいと言わなければいつも通り鍛練をしていただろうし、
どこかに行きたいという思いもない。

『……あ』
「他に何か頼まれてましたか?」
『違う違う、あれ』

影四郎が指差しているのは饅頭屋。
たしか生徒の間でも評判のいい店だ。

『食べたいなぁと思っていたのだが…』
「……!」
『…ええと、どうした?』

目をキラキラと輝かせる喜八郎。
自分も食べたいというわけではなさそうだ。

「買ってきます」
『え』

言うが早いか、喜八郎は持っていた荷物を兄に押し付けて店へと走って行った。
首を傾げながらも大人しく弟を待つ。
少しして大きな包みを抱いて喜八郎が店から出てきた。

「どうぞ」
『どうぞって…全部?』
「はい!」
『……あぁ…』

やっと分かった。
マイペースとは言え喜八郎は我儘を言う人間じゃない。
休日にいきなり、町に行きたいと言い出したのは、
行きたい所がないと聞いて機嫌が悪くなったのは、

おそらくは兄のためを考えての事。

「甘いものは頭にいいと立花先輩が仰ってました」
『…ん、ありがとう』

――まったく、何故何も言わないのだろう
――何かしたいという気持ちだけで先走って…
――それだけでも十分嬉しいのに

『これ一緒に食べようか』
「いいんですか?」
『当たり前だろう』


●●●


「おかえり喜八郎」
「ただいま」
「作戦は上手くいったのか?」
「うん」
「それはよかったな」
「滝夜叉丸は?」
「体育委員会で走り回っていたが」
「休日に?お疲れ様」
「今鼻で笑っただろう」
「別に」
「…どこに行くんだ?」
「兄上とお饅頭食べる」
「夕食があるんだからほどほどにな」
「分かってる」
「綾部先輩も大変だな…」
「何が」
「なんでもない」
「あっそ」





続く。
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