龍 神 の 詩 −暗鬼編−

羽根の姫 - 序章
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「あそこでいいんですよね?」

 町明かりを見据えて尋ねた。

 すぐに後ろから「そうだ」と返事が返ってくる。


「中州(なかす)城下町。小国中州最大の町だ」

 彼の口調には、かすかな嘲(あざけ)りと苛立ちがあった。

「人口およそ二万九千人。全ての方向を川に囲まれた稀有(けう)な土地。

 特産品は銀。

 我が国と幾たびも戦(いくさ)をしているが、どれも中州が防衛に成功している。

 絶対的な土地の利があるからな。戦では分が悪い。

 そこでお前に頼みたい、暗鬼(あんき)。

 殺して欲しいのは、この城下の前城主――舞行(まいゆき)と、城主――乱舞(らんぶ)。

 そしてその妹の与羽(よう)、あと前回の戦で我らを裏切って城下についた雷乱(らいらん)という下級武士だ。

 雷乱はお前の存在を知らないから安心しろ」

 棒読みに近い、必要最低限しかしゃべろうとしない事務的な口調。

 彼――暗鬼も全く感情のこもらない無表情だ。


「その四人を始末すればいいんですね?」

「やってくれるか?」

 そう尋ねるが、暗鬼に選択肢はない。

「やりましょう。でも、それなりの褒美(ほうび)はもらいますよ」

「安心しろ。ちゃんと用意しておく」


 その答えに暗鬼は暗い笑みを浮かべた。

 褒美を得られるうれしさは皆無。

 自然に浮かべたものではなく、無理やり口の端を吊り上げて、目を細めたと形容した方が適しているかもしれない。


「一月(ひとつき)で終わらせます」


 そして暗鬼は、闇にまぎれていった。
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