龍 神 の 詩 −暗鬼編−

袖ひちて - 真終章 帰還
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「おいおい、羨ましいな兄ちゃん」

「ひっ君、子どもみたいよ」

 周りにいるおじさんおばさんが、比呼(ひこ)をそうからかう。

 池に落ちた子どもを救って以来、城下の人々の比呼に対する態度はやさしくなった。


 自分の命を顧みず、子どもを救った勇気。

 与羽(よう)に対する忠誠心。

 それらを認められたのだ。

 今では近所のおばさんたちから、「ひっ君」と呼ばれかわいがられている。


「馴染(なじ)んだな、比呼」

 遠目にもその様子が分かり、与羽は呟いた。

 しかし、その声は城下に満ちる歓迎の声にかき消されて、誰にも聞こえない。

「もう少し苦労するかと思うたけど……」


 与羽はもう目の前まで迫った城を見た。

 通りの終わりに、一人の青年が立っている。

 周りに集まった人々に圧倒されることなく、堂々とその存在感を示している彼は――。


「乱兄(らんにい)!」

 叫ぶと中州城主――乱舞(らんぶ)はもともと穏やかな顔をさらに和(なご)ませた。

「与羽。おかえり」

 腕を伸ばして与羽の脇を掴み、馬から下ろしてやる。

「ただいま」

 与羽はその場にいた全ての人が嫉妬(しっと)するほど無邪気にほほえんで、乱舞の首にしがみついた。

 乱舞もそっと与羽の背に腕を回す。

 誰もが感動するほどやさしくほほえましい兄妹の抱擁(ほうよう)だ。
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