龍 神 の 詩 −暗鬼編−

袖ひちて - 真終章 帰還
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 姫たちが帰還するという報は、公(おおやけ)にしなかったにもかかわらず城下中に広がった。

 城主から文官へ、文官から家族へ、そして近所の人へ――と鼠算式に伝わっていったのだ。


 この日、大通りの両側には多くの町人が並び、ゆっくり歩む馬に乗って城へと向かう与羽(よう)に声をかけた。

 いつもは暇さえあれば城下町をうろついていた与羽だ。

 彼女のいない中州の冬を、ほとんどの人が物足りなく感じていた。


 与羽の乗る馬のくつわをとるのは、武官第二位九鬼大斗(くき だいと)。

 もう一人の同行者――辰海(たつみ)も馬を降り、その隣で自分の馬を引いていた。


 与羽は馬上から笑顔で手を振っている。

 中州城下町に帰ってきたことを、心から喜んでいるようだ。


 全ての人が与羽の名を呼び、武官たちは鍛えた大声で大斗の名も叫ぶ。

 辰海は恥ずかしそうにうつむいているが、彼の名を呼ぶ黄色い声は町娘たちのものだ。

 彼が与羽を好いていると知っていても、その顔や性格のよさは憧れの対象になっている。


「あ! 比呼(ひこ)!」

 与羽が一方向に目を向け、大きく手を振った。

「与羽!! おかえり!」

 これだけたくさんの人がいる中で気付いてもらえたうれしさに、比呼は精一杯背伸びして両手を振り回す。
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