龍 神 の 詩 −暗鬼編−

袖ひちて - 終章 氷融く
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「あなたは……、華金(かきん)の暗殺者?」

 華金は中州の南に位置する大国。かつて何度も中州に攻め入り、未だに非友好的な関係にある。

 比呼(ひこ)は、昨秋そこから暗殺者としてやってきたのを、この国の姫君――与羽(よう)に救われた。

 暗殺失敗は許されない。国に帰れば命はなかっただろう。

 それを察した与羽が、自分の臣下としてこの国にとどまらせてくれたのだ。


「元(もと)…ですが、……そうです」

 しかし、かつて暗殺者だった引け目は消えないし、この母親だって比呼を良い目では見ていないだろう。


「どうして――?」

「えっと、少しでも与羽の役に立ちたくて――」

 言ってから比呼は解答を間違えたと思った。

 これでは、助けた子どもよりも与羽が大事だと言っているようなものだ。

 中州の民(たみ)や国よりもたった一人の姫君に認められたい。

 ――自己中心的な答えでしかない。


「そう……」

 母親は子どもを凪(ナギ)に渡した。


 次の瞬間――。

 ふわりと暖かなものが比呼に覆いかぶさってきた。


「え……」

 子どもの母親が、比呼を抱きしめたのだ。

 痩せ型の与羽や、胸はあるが細身の凪とはまた違う。

 ふっくらとして柔らかく、身につけた着物からは家事をする女性特有の炎と灰、わずかに漬物の匂いもした。
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