龍 神 の 詩 −暗鬼編−
□袖ひちて - 三章 水滴る
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これは自殺行為だ。
分の悪いことはしないに限る。
暗殺者の本能がそう告げる。
自分には何の利益にもならないのに、命を懸(か)けるなどばかげていると。
だが、彼はもう華金(かきん)の暗殺者――暗鬼(あんき)ではない。
与羽(よう)と約束したのだ。
人を助ける。与羽を守ると。
――僕はもう中州の民。
比呼(ひこ)は腹ばいに氷上を進もうとした。
しかし――。
「それ以上進むな! チビ!」
背後からかかった声に、比呼の動きがぴたりと止まる。
――チビ……?
いつか、とてつもない衝撃を受けた言葉だ。
しかし、それを言った長身の青年は、今は北の同盟国――天駆(あまがけ)にいるはず。
比呼は少しだけ後退して、振り返った。
まず見えたのは、人の背丈の三、四倍はあろうかという長い竹竿。
こいのぼりにでも使えそうだが、太さはあまりない。
細い竹を継(つ)いでその長さにしているようだ。
そして、それを持った長身の男の右顔面に浮かぶ火傷(やけど)の跡。
頭に巻いた、濃紺の手ぬぐい。
やはり、以前比呼に暴言を吐いた人物とは違う。
彼同様にしっかりした体つきをしているようだが、中年の男性だ。