龍 神 の 詩 −暗鬼編−

袖ひちて - 三章 水滴る
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 比呼(ひこ)は氷の上を進んでいたが、ある場所を境に進めなくなった。

 ここから先は氷が薄い。いくら比呼が華奢(きゃしゃ)で身軽だとはいえ、氷を踏み抜いてしまう。

 しかし、ここからでは子どもに手が届かない。


 しかも、池に落ちた子どもはすでに相当体力を奪われているらしい。

 何とか薄い氷にしがみついているが、這(は)い上がる力はないようだ。

 真っ青な顔に紫の唇をして震えている。


 ある瞬間、氷への体重のかけ方が変わり、氷の端が割れた。

 慌てて他の氷にしがみつこうとするので、触ったそばから氷が砕け、それがいっそう焦燥を生む。

 何とか、もう一度氷の縁にしがみつけても、同じことの繰り返しだ。


「何やってんだよぉ〜?」

 後ろから子どもの涙声が聞こえる。

「早く助けてやってくれよぉ〜」

「やっぱりお兄ちゃん悪い人なの?」

「与羽(よう)ねーちゃんなら、あっという間だよ」


 比呼は唇を噛んだ。

 雷乱(らいらん)はまだ戻ってこない。


 ――僕が、何とかするしか……。

 意を決して、氷に腹ばいになった。

 そうすると、薄い氷が軋(きし)むのがよく分かる。
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