龍 神 の 詩 −暗鬼編−

袖ひちて - 二章 雪光る
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「雪が解け始めましたか。冬ももう終わりですねぇ」

 香子(かおるこ)が雷乱(らいらん)のためにお茶を入れながら、しみじみと言う。

「新たに巡ってくる春のあなうれしや。冬が厳しいと、春の暖かさはいっそうすばらしく感じますからねぇ」

「本当よね」

 雷乱のために茶菓子を出しながら、凪(ナギ)も噛みしめるように相槌(あいづち)を打つ。


 ――まだ、寒いけど……。

 そう思うのは比呼(ひこ)だけのようだ。


 比呼が住んでいた華金(かきん)の国は中州よりも暖かい南にある。

 雪が積もることさえまれな華金の王都に慣れた彼の体では、今も冬と変わらない。


「まだ寒いって顔をしてるわね」

 凪が比呼の顔を覗き込みながら言う。

 この冬の間だけで、彼女は比呼の表情を読むのがうまくなった。

「ハハッ、中州は寒いからな」

 比呼同様、華金出身の雷乱には、比呼の気持ちがよく分かるようだ。

「だが、やっぱりもうそこまで春は来てるぜ。見に行ってみるか?」

 疑問形で言いながらも、雷乱は茶と茶菓子を流し込むように食べ、もう腰を上げている。

 比呼を案内する気満々だ。

 凪も比呼のために綿のたくさん入った上着を取って渡してくれた。


 ここまでされたら、行かないわけにはいかない。

 寒いので、冬の間雪かきの時以外極力外出を控えていた比呼だが、意を決して立ち上がった。
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