龍 神 の 詩 −暗鬼編−

袖ひちて - 二章 雪光る
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 比呼(ひこ)が雪下ろしにかける時間は、次第に短くなった。

 暖かくなるにつれて雪の量が減ったこともあるだろうが、凪(ナギ)たちは比呼が雪下ろしの腕を上げたと喜んでいる。


 彼女たちは本当にやさしい。

 自分を暗殺しようとした比呼を、臣下にした与羽(よう)もそうだ。

 町の人も、彼を胡乱(うろん)な目で見ることはあっても、出て行けとは言わない。


 中州の人は、皆やさしい。

 ここでは当たり前のやさしさが、比呼はとてもうれしかった。


  * * *


「お〜い、比呼。監視……いや、遊びに来たぜ」

 玄関先でわざとらしく声を張り上げたのは、与羽に忠誠を誓うもう一人の臣下――雷乱(らいらん)だ。

「雷乱、いらっしゃ〜い」

 凪が言いながら慌てて玄関へ出て行く。


 中州城下町でもまれにみる長身かつ大柄な雷乱は、少し身をかがめるようにして居間にやってきた。

 分厚い着物を着てはいるが、上着は身につけていない。

 冬にしては薄着だ。


「今日は結構あったかいぜ」

 いぶかしげな比呼の表情を見てか、雷乱が戸口の方を親指で指しながら言う。

「雪が解け始めて、通りがべちょべちょだ。裾(すそ)を汚さないように来るの、大変だったぜ」


 雷乱は中州出身ではない上、あまり高い身分でもないので、城下に家を持っていない。

 寝起きしている城の一角から大通りの中ほどにあるこの薬師(くすし)家までは、確かに距離がある。

 がさつな性格の雷乱にとって、ここまで神経質に歩いてくるのは結構な苦痛だったろうと、比呼は推察した。
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