龍 神 の 詩 −暗鬼編−
□袖ひちて - 序章
2ページ/2ページ
「ごめん、凪(ナギ)……」
腕を組んで見おろされ、比呼(ひこ)はその場で小さくなった。
大通りを歩く人々の視線が痛い。
少し離れた屋根の上にいる子どもが、比呼を指差して笑っている。
幼い子どもでさえできることが、まだ比呼にはうまくできないのだ。
というのも、彼はこの秋にここ中州にやってきたばかり。
しかも、その目的が、ここの城主とその家族を暗殺することだった。
この中州城下町に住む人も、多くはそのことを知っていて、そのために比呼を見る視線は冷ややかなものが多い。
少しでも中州のために頑張っているところを見てもらおうと、下宿場である薬師(くすし)家の雪下ろしを手伝えば、こうだ。
失笑と嘲笑(ちょうしょう)、疑いの視線を浴びて、比呼は悔しさに震えた。
息を吸うと、冷気のせいか鼻の奥がつんと痛くなる。
その様子を見て、凪は表情を緩めた。
「もういいから、手伝う気があるなら早く登ってきて」
耳に心地よい、高くやさしい声だ。
比呼は顔を上げた。
凪はもともと穏やかな顔に暖かな笑みを浮かべている。
「比呼には、幼児に教えるつもりで中州の冬を教えてあげるわ」
「幼児って……」
比呼は屋根に上がるためのはしごを登りながら、苦笑した。