龍 神 の 詩 −暗鬼編−

袖ひちて - 序章
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「ごめん、凪(ナギ)……」

 腕を組んで見おろされ、比呼(ひこ)はその場で小さくなった。


 大通りを歩く人々の視線が痛い。

 少し離れた屋根の上にいる子どもが、比呼を指差して笑っている。


 幼い子どもでさえできることが、まだ比呼にはうまくできないのだ。

 というのも、彼はこの秋にここ中州にやってきたばかり。

 しかも、その目的が、ここの城主とその家族を暗殺することだった。


 この中州城下町に住む人も、多くはそのことを知っていて、そのために比呼を見る視線は冷ややかなものが多い。

 少しでも中州のために頑張っているところを見てもらおうと、下宿場である薬師(くすし)家の雪下ろしを手伝えば、こうだ。


 失笑と嘲笑(ちょうしょう)、疑いの視線を浴びて、比呼は悔しさに震えた。

 息を吸うと、冷気のせいか鼻の奥がつんと痛くなる。

 その様子を見て、凪は表情を緩めた。


「もういいから、手伝う気があるなら早く登ってきて」

 耳に心地よい、高くやさしい声だ。


 比呼は顔を上げた。

 凪はもともと穏やかな顔に暖かな笑みを浮かべている。


「比呼には、幼児に教えるつもりで中州の冬を教えてあげるわ」

「幼児って……」

 比呼は屋根に上がるためのはしごを登りながら、苦笑した。
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