龍 神 の 詩 −暗鬼編−

袖ひちて - 序章
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 中州は内陸にあるものの、冬がたくさん雪が降る。

 ほとんど常に空は曇り、ひらひらと雪花が舞い落ちていた。

 西にある華金(かきん)山脈の灰色の峰々は、煙のように細かな雪雲でその存在を淡くしている。


 城下町を囲むように流れる二本の川の一本。

 人工的に造られ、比較的流れの穏やかな中州川は表面がすべて凍りつき、格好の遊び場になっていた。

 城下の北にある月日(つきひ)の丘に、布と木板で作られたそりを引きながら毎日通う子どもも少なくない。

 なだらかで木もないため、そりで滑るにはちょうど良いのだ。

 大人たちは、通りの雪を城下町を囲む二本の川に落として取り除いたり、氷を切り出して氷室(ひむろ)に収めたりと、子ども以上にせわしない。


 中州の雪は夜になれば本降りになり、朝には前日苦労して雪を取り除いた街路も屋根も白一色に染め上がる。

 その光景に子どもは小躍りして遊びに出かけ、大人は冬の朝特有の仕事にため息をつきつつも、その美しい銀世界に見惚れ、雪かきの道具を手に取るのだ。


  * * *


「あ、比呼(ひこ)気をつけて!」

 上の方から聞こえた高い叫びに、ふと見上げるとそこには白い雪煙。

「あ、えぇ!?」

 屋根を滑り落ちる雪に巻き込まれる前に、慌てて大きく後ろへ跳ぶ。

 ふわりと長めの浮遊感のあと、全く体勢を崩すことなく大通りに着地した。

 たった今飛び降りてきたばかりの屋根から、どうと大きな音を立てて雪が落ちる。


 雪煙が消えた後、屋根の縁に立っていたのは、二十代前半の女性。

 寒さのためか、怒りのためか彼女の頬はきれいな桃色をしている。

「全く、何やってるの? 雪を下ろしてるんだから、屋根の縁(ふち)にいたら危ないってことくらい分かるでしょ?」
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