龍 神 の 詩 −暗鬼編−

龍神の郷 - 帰路
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「やめてください、先輩」

 与羽(よう)は身を離そうとするが、狭い馬上で大柄な大斗(だいと)から逃げるのは不可能だ。


 そっと与羽の首筋に顔を近づけながら、大斗は視線だけ辰海(たつみ)に向けた。

「お前、知ってた?」


 辰海はうなずいた。

 野山で遊んでいた幼いころ、与羽は大抵着物も肌も草の汁まみれで、若草のにおいがした。

 その時に染み付いてしまったのか、今でも彼女からはわずかに甘さを帯びた若草の匂いがほんのり香る。

 辰海がこの世で一番好きな匂いだ。

 それがよりによって大斗に気付かれてしまうとは――。


「ふうん」

 大斗が面白くなさそうに鼻を鳴らす。

 辰海が与羽の匂いを知っていたことが気に食わないらしい。


「先輩、そんなことどうでもいいです」

 与羽がむすりとして言った。

「そんな匂いで誘ってる与羽が悪いんだよ。これは……、古狐(ふるぎつね)の媚薬香よりもくるね」

「び…、媚薬香って何ですか!?」

 辰海が叫ぶ。

「これは桜です! そんな効果は全くありません!」

「へぇ? そうなの? その匂いで女たちを誘ってるのかと思ってたよ」
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