龍 神 の 詩 −暗鬼編−

龍神の郷 - 帰路
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 ――まぁ、九鬼(くき)先輩も何もやってないんだし。

 そこだけは、救いだ。

 しかし――。


 辰海(たつみ)は、ちらりと大斗(だいと)の前に乗せられた与羽(よう)を見た。

「俺の方が馬の扱いがうまいだろう?」と言われ、大斗が馬に乗れない与羽を中州まで乗せる事になったが、不安だ。

 大斗の方が馬の扱いに長けているのは事実なので、あまり強く自分が与羽を乗せると主張できなかったのだ。

 与羽も、どちらでも良いという顔をして完全に成り行き任せだった。

 大斗が与羽に変なことをしていないか。


「な……!」

 ……していた。


「ちょ、先輩!? 何をして――?」

 大斗は、自分の前に乗せた与羽の頭につきそうなほど、顔を近づけていた。

 与羽は何か考え事でもしているのだろう、ぼんやりと前方を見つめている。

 左頬の『龍鱗(りゅうりん)の跡』をなぞる動作は、彼女が深く思考している時のしるしだ。


 しかし、辰海の声が聞こえたのか、ふと左頬から手を離し振り返った。

「何したんですか?」

 与羽が尋ねる。


「別に。ただ良い匂いがするなってね」

 大斗は答えて、わざとらしく与羽の頭に顔を寄せて匂いをかいだ。

 うっとりと目元を和ませる彼は、とても穏やかな顔をしている。

「何だろ。香や香水じゃないね。自然な匂いだ。若草みたいな、……少し甘い」
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