龍 神 の 詩 −暗鬼編−
□龍神の郷 - 帰路
2ページ/5ページ
――まぁ、九鬼(くき)先輩も何もやってないんだし。
そこだけは、救いだ。
しかし――。
辰海(たつみ)は、ちらりと大斗(だいと)の前に乗せられた与羽(よう)を見た。
「俺の方が馬の扱いがうまいだろう?」と言われ、大斗が馬に乗れない与羽を中州まで乗せる事になったが、不安だ。
大斗の方が馬の扱いに長けているのは事実なので、あまり強く自分が与羽を乗せると主張できなかったのだ。
与羽も、どちらでも良いという顔をして完全に成り行き任せだった。
大斗が与羽に変なことをしていないか。
「な……!」
……していた。
「ちょ、先輩!? 何をして――?」
大斗は、自分の前に乗せた与羽の頭につきそうなほど、顔を近づけていた。
与羽は何か考え事でもしているのだろう、ぼんやりと前方を見つめている。
左頬の『龍鱗(りゅうりん)の跡』をなぞる動作は、彼女が深く思考している時のしるしだ。
しかし、辰海の声が聞こえたのか、ふと左頬から手を離し振り返った。
「何したんですか?」
与羽が尋ねる。
「別に。ただ良い匂いがするなってね」
大斗は答えて、わざとらしく与羽の頭に顔を寄せて匂いをかいだ。
うっとりと目元を和ませる彼は、とても穏やかな顔をしている。
「何だろ。香や香水じゃないね。自然な匂いだ。若草みたいな、……少し甘い」