龍 神 の 詩 −暗鬼編−

龍神の郷 - 帰路
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 中州へとややぬかるんだ道を駆ける。

 吹きつける風はまだ冷たいが、辺りの景色には色が増えた。

 ついこの間まで、白と黒がまじりあっていた世界は、雪雲の晴れた薄青の空、大地に芽吹いた若緑、ちらほらと咲きはじめた花の黄や赤――彩りの世界に取って代わられつつある。


「はぁ」

 辰海(たつみ)はため息をついたが、それはその風景への賞賛(しょうさん)ではなかった。

 天駆(あまがけ)への旅には、反省するべき点がたくさんあった。


 まずは佐慈(さじ)で死にかけたこと。

 今では現実か幻かはっきりとしないが、あの時月主(つきぬし)に出会わなければ、今ここにいなかっただろう。

 そして、刀を抜けなかったこと。

 竹刀や木刀を持った稽古でなら、女には遠慮してしまうものの、男にはそこそこ勝てる。

 しかし、実戦になり真剣を持ったとたんあれだ。

 まだ刃物を扱う覚悟ができていなかったらしい。


 今回の旅で辰海が役立てた事といったら、与羽(よう)のふりをして敵の気を引けたことだけだろう。

 しかしそれも、必ずしも辰海がやらなくてはならないことではなかったし、自身の失敗を考えると差し引き零(ゼロ)どころか、負の要素の方が大きい。


 ――与羽とも全く近づけなかったし……。

 昨秋、出発前に父親から『あんなことや"こ"までなら許す』と言われたが、あんなことの"あ"さえなかった。

 期待していたわけではないが、やはり残念ではある。
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