龍 神 の 詩 −暗鬼編−
□龍神の郷 - 帰路
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中州へとややぬかるんだ道を駆ける。
吹きつける風はまだ冷たいが、辺りの景色には色が増えた。
ついこの間まで、白と黒がまじりあっていた世界は、雪雲の晴れた薄青の空、大地に芽吹いた若緑、ちらほらと咲きはじめた花の黄や赤――彩りの世界に取って代わられつつある。
「はぁ」
辰海(たつみ)はため息をついたが、それはその風景への賞賛(しょうさん)ではなかった。
天駆(あまがけ)への旅には、反省するべき点がたくさんあった。
まずは佐慈(さじ)で死にかけたこと。
今では現実か幻かはっきりとしないが、あの時月主(つきぬし)に出会わなければ、今ここにいなかっただろう。
そして、刀を抜けなかったこと。
竹刀や木刀を持った稽古でなら、女には遠慮してしまうものの、男にはそこそこ勝てる。
しかし、実戦になり真剣を持ったとたんあれだ。
まだ刃物を扱う覚悟ができていなかったらしい。
今回の旅で辰海が役立てた事といったら、与羽(よう)のふりをして敵の気を引けたことだけだろう。
しかしそれも、必ずしも辰海がやらなくてはならないことではなかったし、自身の失敗を考えると差し引き零(ゼロ)どころか、負の要素の方が大きい。
――与羽とも全く近づけなかったし……。
昨秋、出発前に父親から『あんなことや"こ"までなら許す』と言われたが、あんなことの"あ"さえなかった。
期待していたわけではないが、やはり残念ではある。