龍 神 の 詩 −暗鬼編−

龍神の郷 - 終章
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「幸(さち)ってさ――」


 あの日以降、与羽(よう)は空(ソラ)に会わなかった。

 しかし、その間も彼が呟いた名前がずっと気になって仕方ない。

 天駆(あまがけ)を去る時分になって、与羽は希理(キリ)に尋ねてみた。


 尋ねられた希理は、何の感情もこもらない目で与羽を見下ろしている。

 普段は好んで人と目を合わせない与羽も、このときはまっすぐ彼の目を見返した。

 それこそ、挑戦的に――。


 やっとのことで呟いた希理の声は、心なしかかすれていた。

「ああ……、空はお前に話したのか……」

 そして、きびすを返す。ついて来いと言うことらしい。

 少しためらったが、与羽は彼に従った。


  * * *


 希理は屋敷の敷地内を奥へ奥へと歩いていく。

 彼を追って、与羽も雪の残る庭を進む。

 とうとう裏庭も外れまで行って、希理は立ち止まった。


 漆喰塀(しっくいべい)の手前にぽつんと小さな石が置いてある。

 塀の周りはどこも雪がたまっていたが、ここだけは地面がむき出しになっていた。
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