龍 神 の 詩 −暗鬼編−

龍神の郷 - 五章 月白龍神
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 与羽(よう)は響き渡る音に耳を傾けながら、力いっぱい鐘を叩いた。

 まだ町中では皆が戦っている。戦いの終了を告げなくてはならない。

 ちゃんと、皆に聞こえるように――。

 磨きぬかれた金色の鐘は、高く澄んだ音を天駆(あまがけ)中に響かせる。


 与羽たちは安全に聖域へ入っていた。

 人を見ることはあっても、相手に気付かれないよううまく隠れ、空(ソラ)が示すままに山を抜けたのだ。

「このあたりはもう聖域ですね」と空が言った時にはなんと拍子抜けしたことか。


 安全に聖域へ入れたのも、陽動をしてくれた希理(キリ)たちのおかげだ。

 その感謝も込めて、力いっぱい木槌(きづち)を振るう。


「もう十分でしょう」

 数十回鐘を叩いたところで、隣に控えていた空がそっと与羽の手を押さえた。

 強く握っていた木槌から、与羽の指をやさしくはがす。

 与羽は素直に木槌を手離し、目を閉じた。

 鐘の余韻が消えてから、深く息をつき目を開ける。


「皆に聞こえたと思う?」

「ええ。国中どこにいても聞こえたでしょう」

 空が前髪の下でほほえむのが分かった。


 今彼らがいるのは、聖地の中でも天駆の屋敷に近い風主(かざぬし)神殿。ここで多くの巫女や神官たちが神に祈りをささげているらしい。

 そして、与羽も正月の舞手を行う許しを請うた後、すぐさま聖地の奥へ入り大晦日まで清めの儀式を行わなくてはならない。

 祈りをささげたり、辺りを掃き清めたり――。

 しかし、何より問題なのは――。
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