龍 神 の 詩 −暗鬼編−

龍神の郷 - 四章 金鐘の音
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 一方の与羽(よう)と空(ソラ)は、扇状地を外れた山道を通っていた。

 木々にさえぎられ光が届かない上、誰かに見られるのを考慮して明かりの類(たぐい)を全く持っていない。

 真っ暗闇の中を空の土地勘のみで歩いていた。


 幸い、幼いころから山で遊んでいた与羽は、山道の歩き方を熟知している。ほとんど足音をたてずに空を追いかけることができた。

 未だ諦めず、こっそりと山から聖地に入り込もうとしている不届きな輩をうまくやり過ごしさえすれば、安全に聖地の入り口までたどり着けるだろう。


「お父さま……、本当にいいのですか? 私には夫も子どももいるのですよ」

 与羽たちのそばを、父と娘らしき人影が通り過ぎていく。


「構うものか。聖地に入ってしまえばこっちのものだ」

「でも――」

「舞手をやった者は、神聖な娘として一生尊敬される。その家族だってそうだ。

 十二年前舞を舞ったのは、見た目だけは美しい嫁ぎ遅れた町人の娘だったが、あいつの家族は貧しい硝子(ガラス)細工師から、貴族御用達(ごようたし)の金細工師になった。

 お前が舞手になってくれれば、わしだって出世間違いなしだ」


「十二年前に舞った娘の父親は、もともと腕のいい細工師でした。娘が舞手にならなくても、彼の腕なら出世したでしょう」

 空が与羽の耳元でささやく。

「舞手は名誉な役ではありますが、神職につくのでない限り、出世とはほとんど関係ありません。

 少し彼女の家族の覚えがよくなる程度ですね。

 いつもは神官家から舞手を選んでいますから、何も知らない人々が尾ひれをつけて語るのも分かりますが――」

 正直迷惑です、とため息をつく。
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