龍 神 の 詩 −暗鬼編−

龍神の郷 - 序章
2ページ/2ページ

 ちなみに与羽(よう)は、浅葱(あさぎ)――水色に赤や黄の紅葉が散らされた小袖。

 さすがに寒いので、いつもの膝丈七分袖ではなく、手首やくるぶしを覆ってくれるほど丈があるものだ。

 庭の見える縁側を通っていく人は、仲良く寄り添う与羽と辰海に思わず笑みを浮かべている。


 しかし、その雰囲気を壊すように土を踏む音が耳に入ってくるものだから、与羽の機嫌のよさも半減してしまった。

 しかも辰海(たつみ)が笛の演奏をやめ、慌てたように立ち上がる。

 ここで、やっと与羽は足音のほうを振り返った。


「乱兄(らんにい)……」

 そう呟いて、与羽は急いで岩から飛び降りる。

「与羽」

 与羽の兄――乱舞(らんぶ)はにっこりほほえんで妹の名を呼んだ。

 小さな国とはいえ、若干二十歳で国を治める青年の武器が、この人好きのする笑みだった。

 彼はその笑顔でさまざまな人を味方につけ、何とかこの国の結束力を保っているのだ。


「何か用?」

 一方の与羽は、表情も口調も不機嫌そう。

 大抵何にでも、無関心・無愛想を貫くのが彼女だ。兄とは対照的な態度と言える。


 乱舞の答えは、簡潔で曖昧だった。

「与羽、冬の間、ちょっと旅に出てみないか?」
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ