龍 神 の 詩 −嵐雨編−

七色の羽根 - 六章 銀白の羽根
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「今日も雨……」

 与羽(よう)は城内の建物をつなぐ渡殿(わたどの)の欄干(らんかん)に肘をつき、あたりの音に耳を澄ませていた。目は閉じている。


 一番近く聞こえるのは、空から落ちるしずくが地面や屋根を叩く音。

 それにかき消されながらも、城内のいたるところで交わされる会話や足音、弓の弦(つる)音――。


 ここ数日、雨が多い。

 そろそろ梅雨の時期だ。空はうす灰色の雲に覆われ、しとしとと雨が降り続く。

 戦の恐怖と相まって人々の気持ちを暗くするが、本来なら稲の成長を助ける歓迎すべき時期。


「月見(つきみ)川の流れは、龍神月主(つきぬし)の涙」

 城の近くを流れる月見川の轟音を聞き分けながら、何となく中州に伝わる龍神伝説の一節をつぶやいて、与羽は顔をしかめた。

 月主の名をつぶやいた瞬間、前の冬同盟国天駆(あまがけ)で出会った月主神官のことを思い出したのだ。

 年齢不詳の愁いを帯びた顔立ちに、長い前髪に隠された鋭い目。


 そして――。


「……嫌なこと思い出した」

 与羽はひとりごちて、目を開けた。

 少しの間物思いにふけっていたが、それも終了。欄干から離れ、自分がやろうと思っていた作業に意識を向ける。


 一度両腕を頭の上まで上げて背伸びし、本殿へと足を向けた。

 雨でも雨戸を全開にしてある縁側から、前庭に視線を遣(や)った。

 いつもは岩とわずかな草木しかないそこには今、所狭しと天幕が張られている。
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