龍 神 の 詩 −嵐雨編−

七色の羽根 - 一章 羽根無き鳥
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「なんだと!」

 雷乱(らいらん)は辰海(たつみ)の「ちょっと!」と言う静止を聞かず、腰にさしていた大ぶりな刀を抜いた。

 彼はいつだって与羽(よう)を守ってきた。

 それを否定されるような言葉は、全ての暴言の中で二番目に許すことができない。

 もちろん、他のどんな言葉よりも許せないのは、与羽を侮辱(ぶじょく)する言葉だが。


 振り下ろされる刀を大斗(だいと)はひらりと避けた。

「ちょっと雷乱!」

 辰海がもう一回声をかけるが、雷乱は止まらない。

 雷乱が再び刀を振り上げ、大斗が自分の刀を抜こうとする。


 その瞬間、やっと与羽が動いた。

 静止を呼び掛けるでもなく、刀を抜くでもなく、その他いかなる武器も持つことなく、その身一つで雷乱と大斗の間に立ちはだかったのだ。


 白い軌跡が与羽の耳を掠め、肩にふれる前に止まった。背後では抜きかけた刀を鞘に戻す気配。

「小娘!」

 雷乱はまっすぐ自分を見上げる少女に怒鳴った。

 剣を止められた怒りと、危うく自分の主人を斬るところだった恐怖とで、その声は裏返っている。

 ちなみに、小娘とは与羽のことだ。雷乱は与羽の名前を口に出すのをひどく嫌う。


「怒ると後先考えんくなるのが、あんたの欠点じゃ」

 雷乱から視線をそらしながら、与羽は落ち着いた声で言う。

 白刃の前に飛び出したにもかかわらず、その様子に恐怖は感じられなかった。

 自分の内側――見えないところに恐怖を押しとどめているのか。二人が剣を止めるのを確信していたのか――。

 おそらく両方だろうと、与羽の幼馴染である辰海は判断した。
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