龍 神 の 詩 −嵐雨編−

七色の羽根 - 序章二 中州
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 空は未だに赤味が残り、しかし東の空からは確実に夜の気配が漂ってくる。

 昼と夜の境目のわずかな時。

 全ての色が茶、山吹(やまぶき)、亜麻(あま)色へと変換された風景に、与羽(よう)は静かに息をついた。


「なんだか……。この色、寂しくなるよね」

 ずっと与羽の半歩後ろに控えていた辰海(たつみ)が、雰囲気を壊さないような静かな声で言った。

 そっと与羽の手から竹刀を預かる。


「ん……」

 与羽も短く肯定する。

 大斗(だいと)でさえ与羽を気遣って、静かにあたりの風景に目を向けている。


 しかし、一人だけ空気を読めない奴がいた。

「おい」

 いつも通り、腹に響くような低い声で呼びかける与羽の護衛官――雷乱(らいらん)。

「そろそろ帰らねぇと暗くなる」


「……雷(らい)――」

 与羽が短くため息をつく。

 自分を思って言ってくれた言葉だとは分かっている。

 晩春の夜は寒くなるし、危険もある。いくら腕に自信がある大斗や雷乱がいても、危険は冒さない方が良い。


 しかし、彼の一言は今までの郷愁(きょうしゅう)に満ちた雰囲気をきれいに拭い去ってしまった。

「おら」と乱暴な口調とは裏腹に、雷乱がやさしく与羽の背に手を当て、立つよう促す。

 与羽の背を覆いそうなほど大きく力強い手のひら。この手で与羽の背を力いっぱい叩けば、彼女の背骨はたやすく折れてしまうだろう。

 雷乱もそれを危惧(きぐ)しているのか、神経質すぎるほど慎重に触れるほのかな温かみに、与羽は淡く笑みを浮かべて素直に立ち上がった。
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