龍 神 の 詩 −嵐雨編−
□嵐雨の銀鈴 - 六章 龍の姫
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その手は、しきりに左ほほに浮かぶあざ――「龍鱗(りゅうりん)の跡」をなぞっていた。
与羽やその兄乱舞(らんぶ)が生まれつき持っている、龍神の末裔(まつえい)であることを示すあざだ。
中州を離れてから、化粧で隠していたが、今は化粧をすべて落としてしまっている。
しかも、与羽の「龍鱗の跡」左ほほから背を経て、右ももの裏側まで続いていた。
自分では全貌を確認することができないが、竜月(りゅうげつ)が「ご主人さまは本当に龍神様の子孫なのですね〜……」と感慨深げにつぶやいていたことは覚えている。
きっと人間離れした姿なのだろう。
それを、入浴用の湯帷子(ゆかたびら)に着替える時、この女官に見られてしまったのだ。
見られることは分かっていたが、はっと息をのみ、持っていた洗面用具を落とすほど驚かれるとは思わなかった。
彼女はすぐにその場にひざまずいて謝ったが、いい気分はしない。
謝罪のあとも、与羽を見る彼女の眼には恐怖が見えた。自分とは全く違う未知のものを見るような――。
「あ、あの……」
「もう大丈夫です」
まだ何か言おうとする女官の言葉を与羽はさえぎった。
「自分で全部できますから、一人にしてください」
できるだけ感情を消した、硬い声だ。
「は、はい」
女官はすぐに従ってくれた。わずかに震えた声で返事をすると、すぐに浴室をあとにする。
彼女の足音が聞こえなくなって、与羽はやっと息をついた。
その瞬間、見つめていた水面に大きく波紋が広がる。
目が熱い。鼻の奥が痛い。