龍 神 の 詩 −嵐雨編−

嵐雨の銀鈴 - 六章 龍の姫
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 黒羽(こくう)領主――烏羽黄葉(からすば こうよう)の主催した歓迎の宴(うたげ)は、盛大に行われた。

 ふすまを取り払って一続きにした部屋は、二百畳以上はあっただろう。そこに大勢の人が集まったのだ。

 今回の旅に加わった者は、出身、身分を問わず呼ばれ、黒羽の官吏とその家族も加えると参加者八百人にものぼる大宴会となった。


 部屋に入りきらない人々が庭園や三の丸にまであふれ出し、ござや厚布をひいた上で盛んに料理が運ばれ、酒が酌み交わされたらしい。

 与羽(よう)はずっと座敷で黒羽領主一族や上級官吏の人々と話して過ごしたので、その風景を実際に見ることはできなかった。

 ただ、あとから来た報告によると、誰もが昨夜の宴を楽しんだと言う。

 宴の前機嫌が悪かったと言う雷乱(らいらん)が少し心配だったが、大勢の屈強な武官たちと飲み比べに興じ、かなりの上位に食い込んだということで、それなりに機嫌が良かったようだ。



 宴から一夜明けた今日は、早く起き出して湯あみをしていた。

 上級の客人をもてなすために作られた浴室からは、大きな芙蓉(ふよう)の花や色とりどりの朝顔を見ることができる。

 普通ならば、その風景に見とれ、心地よい湯にほっと息をつくところだが、今の与羽はひどく緊張していた。


「あ、あの……、お湯加減はいかがですか?」

 湯殿の端に控えた女性がおどおどと尋ねる。

 彼女はこの城の女官だ。黒羽嶺分(みねわけ)城に不慣れな与羽のために、黒羽領主がつけてくれた。

 彼女の他にも、部屋の整理を行う者、料理を運ぶ者、着付けを行う者など数人の女性がここに滞在する与羽の世話をすることになっている。


「ちょうどいいです」

 答えた与羽の声は、落ち着いているものの硬い。

 広い浴場であるにもかかわらず、湯の中に膝を抱えて座り湯船に広がる波紋をぼんやり見ている。
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