龍 神 の 詩 −嵐雨編−
□嵐雨の銀鈴 - 十章 幻惑と決別
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「でも、私たちをもてなしてくださったり――」
「たまたま、市(いち)兄様も満(みつ)兄様もいなかったからです。黒羽(こくう)の月見宴がなければ、おそらくわたしはちらりと一度あいさつをするだけだったと思いますよ」
「…………」
与羽はかけるべき言葉が見つからず、醍醐(だいご)を見上げた。
「慣れているのであまりお気になさらず。
さほど深く政務に携わらないのも、気楽でいいものですよ。そこそこ父や兄に手を貸しつつ、空き時間は自由に遊びまわって」
そう言う醍醐の顔は、確かに遊び人らしい軽薄な笑みが浮かんでいる。
「本当に――?」
「心の底から、今の放蕩(ほうとう)人生を楽しんでますよ」
醍醐は与羽の問いを遮って答えた。
「風見(かざみ)にはおいしい酒も料理も多いですし。
中州や黒羽、天駆(あまがけ)、華金(かきん)、赤砂(せきしゃ)、青原(あおはら)、早瀬(はやせ)――、場合によっては遠く海を隔てて離れた外つ国のものも入ってくるんですよ。
薫町(かおるまち)の女性は高貴で上品な人が多く、少し馬を飛ばせば花街のある大きな都市もあります。
領主一族のはしくれですから、お金には困りませんしね。
あなたもせっかく女性に生まれたのですから、無理に兄を手伝おうとせず、もっと気ままに生きてもいいんじゃないですか?
あなたの場合、それで文句を言う人もいないでしょう?」
「それは……」
与羽は口ごもりつつも、はっきりと首を横に振った。
「私は大好きな兄と中州のためにできる限りのことをしたいんです。守られるだけの姫ではいたくないので」