龍 神 の 詩 −嵐雨編−
□嵐雨の銀鈴 - 九章 薫風の町
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「匂いが違う……」
一泊二日の旅を終え、牛車を降りて初めに気付いたのはそこだった。
「薫町(かおるまち)は香木加工の町だから」
そばに立っていた辰海(たつみ)が、小声で教えてくれた。
近くには、漏日(もれひ)の時砂(ときすな)三位や水月絡柳(すいげつ らくりゅう)五位もいる。
これから、黒羽(こくう)のとき同様出迎えてくれた風見(かざみ)の人々にあいさつを行わなくてはならない。
「ようこそ、風見国へ」
しかし、与羽(よう)が姿勢を正す前にそう声がかけられた。
はっとして声のした方を向くと、そこには二十歳すぎほどの青年。
無造作に伸ばした髪を緩く束ね、たれた目に穏やかな笑みを浮かべている。
背後に老年の男が一人控えているだけで、他に出迎えのものはいない。
「中州国の与羽姫ですね」
はっきりとした声は、聞き取りやすく美しい。
「お初にお目にかかります。わたくし、風見国領主が四男、風見醍醐(だいご)と申します」
「はじめまして。兄――中州城主乱舞(らんぶ)の名代で参りました、中州の与羽です」
指先まで神経をいきわたらせたような洗練された礼に、与羽も良く響く声で言って礼を返した。
「先の戦では――」
すぐに嵐雨(らんう)の乱での礼を言おうとしたが、「あ、その話はもう少し後で」と止められる。
「嶺分(みねわけ)からさほど距離がないとはいえ、慣れない旅でお疲れでしょう? 休憩用のお部屋とお茶を用意しておりますので、まずはそちらにどうぞ。
父――風見領主のもとへは後ほどご案内いたしますゆえ」
そう言って、一度手を叩く青年。
それを合図に、使用人らしき男女が音もなく集まった。