龍 神 の 詩 −嵐雨編−
□嵐雨の銀鈴 - 八章 薫嶺街道
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「これは一国を背負ってきた老人のたわごとと思ってくれて構わないが――」
黒羽領主――黄葉(こうよう)はそう前置きをして、ゆっくりと話しはじめた。
彼を老人と呼ばうにはまだ若い気がしたが、低めたしわがれ声には、驚くほど老成した貫録がある。
「危険だと思わぬのか? 中州の姫君よ。
ぬしは国では自由奔放にふるまっているそうだな。
実際は賢く、教養と節度のある姫であることは、今のぬしを見ればわかる。
無知ならばまだよかった。うちにもいるが、領主一族ならごくつぶしを養う位の経済力はある。
賢くてもおとなしく従順だったならば、わたしもこんなことを言おうとは思わなかったかもしれない」
彼の言葉に与羽は内心で眉をひそめた。どうもにこやかな話ではなさそうだ。
「しかし、実際の中州の与羽という人物は、賢く活力にあふれていた」
「素直に男勝りと言ってくださって構いませんよ」
与羽はほほえみを困った笑みに変えて言った。
これが気の知れた相手との会話なら毒のこもった言葉を吐きつけるが、今はこの程度が許されるギリギリの範囲だろう。
「そうだな。男勝りではある。十分に城主としての仕事をこなせそうなほどにな」
与羽がわずかに目を細めた。
「その顔は、察したか?」
そして領主はその表情の変化を見逃さなかった。
「そうだ。中州の筆頭文官家の次期頭首がぬしに付き、他にもぬしを城主以上に大事に思うものは少なくないらしいな」
「私は城主である兄を尊敬しています。兄妹げんかをすることはあっても、城主に反旗を翻すことはあり得ません」
与羽は再び穏やかな笑みを浮かべ直して、きっぱりと言った。