龍 神 の 詩 −嵐雨編−

嵐雨の銀鈴 - 八章 薫嶺街道
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 中州の姫君が「不調を訴えた」四日後――。

 中州と黒羽(こくう)の主要な文官同士で行われていた会議が終わった。

 必要な情報を交換し尽くし、今後の対応も決まったと言う。

 あさってに黒羽嶺分(みねわけ)城の月見宴が迫っていたが、それを待たずに次の目的地――風見(かざみ)の薫町(かおるまち)へ向かう予定だ。

 黒羽領主の烏羽黄葉(からすば こうよう)は引き留めようとしたが、中州の代表を務める漏日(もれひ)大臣がはっきりと遠慮申し上げた。


 その代りなのか、旅立ちの前夜、与羽(よう)だけが黒羽領主に呼ばれた。

 夜と言っても、風を通すために開け放たれた戸からはまだわずかに赤みの残る空が見える。宵(よい)時だ。

 明日からの移動を考慮して早い時間に呼んでくれたらしい。


「黒羽嶺分城に滞在の間、与羽姫殿下には、不快な思いをさせることがあった。その点は個人的にお詫び申し上げる」

 しばらく当たり障りない話をしたあと、烏羽黄葉がそう口にした。

「いえ、……些細なことです」

 全く気にしていないとはさすがに言えなかったが、与羽は穏やかにほほえんで首を横に振った。

 今では、少し敏感すぎたと反省する部分もある。

 慣れない環境であったせいもあるだろうが、姫として城主代理として、そうやって環境に左右されるのはあまり好ましくないだろう。


「それなら良いのですがな……」

 黄葉は鋭さの感じられる目で与羽を見据えた。

「殿下の影響力は予想以上に大きいようですからの、もう少し注意された方がよろしかろう。

 いやはや。大切にされているのはいいことですが、大切にされすぎるのは危険ですぞ」


「…………」

 話の風向きが変わったのを察して、与羽は無言で自分より三回りほど年上の黒羽領主を見た。表情はおだやかな笑みを保って。
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