龍 神 の 詩 −嵐雨編−

嵐雨の銀鈴 - 七章 霧雲
1ページ/11ページ


 与羽(よう)の部屋を飛び出した大斗(だいと)は、すぐに左右を目視した。

 与羽の姿は見えなかったが、与羽が部屋を出ていくときに聞こえた足音でどちらに行ったのかはわかる。

 建物を取り囲むように作られた回廊を折れると、すぐに与羽の姿が見えた。

 すでに彼女の近くには、何事かと黒羽嶺分(こくうみねわけ)城を警護する武官や使用人が集まりはじめている。


 大斗は軽く舌打ちした。

 泣きながら走る中州の姫君とそれを追う刀を手にした男。

 城に務めるすべての人が大斗のことを知っているわけでもない。

 この構図がはた目にどう見えるか、想像は難(かた)くない。


「逃げる中州の姫」を守るために、城内警護の男たちが刀を抜く。

 武官の数は三。その刃先のすべてが大斗を向いていた。


 大斗は自分の懐に手を入れた。千里から借りた刀は抜かない。

 しかし、目当てのものを出す前に、いち早く間合いを詰めてきた男の刀が横に薙がれる。

 大斗はそれを身を低くしてかわた。

 次の攻撃が来る前に、床についた左こぶしを支えに相手の腹を蹴りつける。

 大きくよろけた男を、その後ろまで迫っていた武官が慌てて支えた。そうしなければ、彼まで体の均衡を崩し後退を余儀なくされていただろう。


 その間に大斗は懐から目当てのものをとりだした。

 銀糸の編み込まれた紐にいくつもの青玉(せいぎょく)や銀玉が通してある、中州の武官二位であることを示すものだ。

 帯刀していないときでも、自分の身分を証明するのに便利なため、中州を離れて以降常に身に帯びるようにしている。
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ