龍 神 の 詩 −嵐雨編−
□嵐雨の銀鈴 - 四章 黒羽嶺分城
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「お初にお目にかかります」
相手から与羽の姿は淡い影としてしか見えないだろうが、与羽は扇で口元を隠して言った。
「長旅でお疲れの事と思いますが、明日には黒羽(こくう)の都へご案内できますので、もう少しご辛抱ください」
すだれ越しでも、相手がほほえみを浮かべているのがわかる。一応歓迎してくれているらしい。
腹の底で何を考えているのかはわからないが……。
ここはもう中州ではない。
与羽は警戒する意味も込めて、気を引き締め直した。
そうすると、中州でもよく見かける田園風景ですら、どこか違って見えるから不思議だ。
気持ちだけの問題か。稲の種類や田の面積、水路の関係か。
「今宵はささやかながら、宴の用意をさせていただきますので、しばらくご辛抱ください」
「お心遣い感謝いたします」
与羽は極力当たり障りない受け答えをするよう心掛けた。
下手に気の利いたことを言おうとして失敗するよりも、口数が少なく控えめな姫君を演じた方が良い。
黒羽や風見(かざみ)で言う「高貴な女性」とはそういうものだ。おしとやかで従順で、のんびりしていて――。
普段の与羽とは真逆の性質だが、それを演じることはできる。
さらに二言三言だけ言葉を交わして、再度進みはじめる一行。
中州にいた時よりも隊列が整い、みながまじめな顔をしている。
左大臣烏羽紫雨(からすば しぐれ)を筆頭とする出迎えの黒羽団は、一人が進む先を示すため先頭に向かった以外は与羽の周りに集まった。
彼らと中州の上級官吏たちは、和やかに言葉を交わしている。
その多くが、ここ数年自国や周辺国で起こった出来事だったが、深く込み入った話はしない。
たとえば、「先日は大変だったようですね……」と中州の戦――嵐雨(らんう)の乱の話を切り出せば、
「はい……。しかし、黒羽と風見(かざみ)の助太刀のおかげで何とか切り抜けることができました」と中州の官吏は影を帯びつつも、淡い笑みを浮かべる。
そして、「おやおや、『優秀な中州の官吏のがんばり』が抜けているようですよ。まぁ、詳しい話は城についてから聞かせてくだされ」と別の話に移っていくのだ。