龍 神 の 詩 −嵐雨編−
□嵐雨の銀鈴 - 三章 峠越え
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はじめて行く国に緊張しているのだろうか。
中州以外で与羽が今まで訪れたことのある国は、天駆(あまがけ)のみ。
天駆は中州同様、龍神信仰が行われ、与羽はその信仰の対象にもなりうる『次水龍(じすいりゅう)』――水主(みなぬし)の子孫だ。
しかし、現在向かっている黒羽(こくう)は中州や天駆とは全く違うものを信仰している。
与羽の容姿は、神聖なものではなくただ奇異な物として見られてしまうかもしれない。
髪は染めたが、青紫の瞳や左ほほにある『龍鱗(りゅうりん)の跡』と呼ばれるあざは隠せない。
「その昔――」
低めの声でつぶやいたのは天駆の神官――空(ソラ)だ。
長い前髪で鋭い目をかくし、弓を左肩にもたれかからせるようにして持っている。
地味な旅装束をまとっているせいで、一見すると護衛の武官のようだ。
しかし、その声はさすがに神官だけあり、美しい。
「神々の恩恵から外れてしまった土地がありました」
彼が語るのは、中州や天駆に伝わる龍神伝説の最初の一節だ。
数人のいぶかしげな視線が空に集まったが、空は気にしない。
「暇つぶしに物語でも――、と思いましてね。ここには、この物語を知らない他国の方や、旅人もいらっしゃいますので」
確かに与羽たちの周りには、黒羽(こくう)や風見(かざみ)の兵もいる。
それに加え、中州城下町を出発したときにはいなかった、旅人や行商人もわずかに見受けられた。