龍 神 の 詩 −嵐雨編−

紅花青嵐 - 三章 木下闇
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「…………」

 無言の青桐(あおぎり)。

 凪もわざと彼から視線をそらし、黙り込んだ。

 そうすると、あたりの様子を探る余裕ができたのか、徐々に人の気配を感じられるようになった。


 壁を隔(へだ)てて外を歩いているらしき速足の足音。くぐもった話声も聞こえてくる。

 誰かが咳払いをし、さらに咳き込む。


「…………?」

 凪は無意識にその咳に耳を傾けていた。一時的なものか、それとも何かしらの病気によるものか――。

 おそらく咳き込んでいるのは女だ。それも若い。どれほど若いかまではわからないが……。


「姪(めい)だ。はやり病で寝ている」

 そんな凪の様子を見た青桐は色あせ、ささくれ立った板壁を見ながらつぶやいた。

 その壁の向こうで、彼の姪が寝ているのだろうか。


「はやり病……?」

 凪がおうむ返しに尋ねる。その顔はすでに患者と向き合う医師のものだ。

「ああ。肺の病だと思うが……。老人とこどもを中心にバタバタやられている。

 そういう理由もあるのでな。貴女はここにいろ」

 命令口調だったが、青桐の表情に高慢なところはない。親切心から言ってくれているのだろう。

 そして、凪にはその奥に隠そうとしている姪を気遣う気持ちや、もし姪を失ってしまった時の恐怖が感じられた。

 相手は非情で残酷な盗賊だ。

 それでも、身内に対する思いやりの気持ちはあるらしい。
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