龍 神 の 詩 −嵐雨編−

龍姫の恋愛成就大作戦 - 序章
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 彼女は一度振り返って太陽の位置を確認した。低く、赤みを増した光。

 時は既に夕刻。

 彼女はこぶしを握り締めると、意を決して門を叩いた。

 気の強い姫君として有名な彼女でも緊張する時はある。今は特にそうだ。

 何度もこの場所に来たことはあるが、それはいつも庭園を開放してある時期か、そうでない場合は誰かが一緒にいた。

 しかし、今は一人だ。


「ごめんくださーい」

 戸を叩く音だけでは不安があり、彼女はそう声を張り上げた。

 よく響く声は、髪色同様彼女の自慢だ。

 彼女の髪は、光を浴びて青と黄緑に美しくきらめく。


 少し待つと、門の脇に備え付けられた通用口から少年が顔を出した。

 歳は十二、三位。

 やや質素な身なりだが、清潔な着物を身につけ、長めの髪もきれいに結われていた。

 使用人の息子だろうと彼女は見当をつけた。


「あ……、姫様」

 少年は彼女の顔を知っていた。

 たとえ知らなくても、髪と紫の目、左頬にある『龍鱗(りゅうりん)の跡』と呼ばれるあざで彼女が何者かは判別可能だろうが……。


「水月絡柳(すいげつ らくりゅう)はこちらにおりますか?」

 少女は丁寧な口調でそう問う。

「あ、はい! 旦那様と今年の予算の最終確認をしておられます」

「よかった」

 あらかじめ絡柳の家を訪れ、ここ――月日家にいることを確認していたが、入れ違いにならなくてほっとした。


「すぐに呼んでまいりましょうか?」

 彼女は中州の姫。

 中州城主である兄の使いとして何か大事な伝令を言付かってきたと思ったのだろう。

「いえ。さほどに重要な話ではないので、待ちます」

「では、中でお待ちください。暦の上では春と言え、これから寒くなる時間ですから」


 少年は彼女の返事も待たずに通用口を閉め、重たそうな門扉を開けた。

 丁寧な動作で中に入るよう示される。

「じゃぁ、お言葉に甘えて」

 彼女は澄まして応えて敷居をまたいだ。
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