短編集

□第二の神代 -水の羽衣-
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【序】


 さわやかなにおいがする。清らかな清流のそばにいるような。

 鼻の奥がすっとして、無意識に背筋も伸びてくる。

 それは、ここに住む人々がまっすぐ、たくましく生きているあかしだ。


 彼女は深く呼吸して、しかし顔をしかめた。

 辺りに満ちるさわやかなにおいにまぎれつつも、存在感を消すことなく漂ってくるもう一つの匂いをかぎ取ってしまったからだ。


 こちらも水のようにすっとしているが、すっきりしすぎている。

 鼻の奥をつくようで、涙がにじむ。

 さびしく、もの悲しい匂い。

 わずかに漂ってくる恐怖をはじめとする負の感情も無視できない。


「小照(こてる)、どうだ?」

 顔をしかめる彼女へ隣に立っていた青年が低く尋ねた。


「やっぱ、臭う」

 小照と呼ばれた若い女は、青みを帯びた黒髪をかき上げながらもう一度深呼吸した。


 彼らの目の前にあるのは、小さな集落。地面を掘り下げその上を円錐型に組んだ木や藁で覆い屋根にしてある。

 もう少し平野部――人の多い集落に行けば環濠(かんごう)を掘り、丸太を埋めて壁を作っている場所もあるが、ここにそのようなものはなくただ住居が寄り集まって立っているだけだ。

 住んでいる人々は、みな簡単に縫い合わされた布や毛皮をまとっていた。


 女たちが高床式の倉の下に座り、山で収穫してきたらしき木の実をより分け、狩りに向かうらしき男の集団が集落のすぐ脇に広がる山へと向かう。

 小規模ながらも、田畑で作物も作りはじめているようだ。
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