龍 神 の 詩 −暗鬼編−

羽根の姫 - 栗拾い
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 秋は良い。

 きのこに山葡萄(やまぶどう)に、あけびに栗(くり)。山は春にも劣らないほどたくさんの食べ物であふれている。


 凪(ナギ)は秋の山が好きだった。

 辺りには、子孫となる実を無事結んだ植物たちの満足そうなさざめきと、早くも冬を越すための準備をはじめた動物たちの吐息で満ちている。

 多様な感情が混ざり合い、空気を彩(いろど)る。

 それは、紅葉(こうよう)した木々にも劣らないほど、美しいものだ。

 幼いころから、祖母とともに山で山菜を採っていた凪には、ほとんどの人が気づかないその彩りを五感で感じることができた。


  * * *


 歩きなれた中州城下町に程近い山を、大きめのざるを抱えて歩く。

 汚れても良い古い着物を着てはいるが、山歩きに特化した格好ではない。

 凪にとって、このあたりの山を歩くのは、庭を歩くのと大して変わらないのだ。


 まだ山に入ったばかりで、ざるの中はほとんど空だ。

 入り口付近は山歩きが不慣れな人々のために、山の幸を採らずにとっておく。それが、平等に物を分ける、中州の掟だった。

 薪(たきぎ)としてつかう木が植えられた共有林も、田畑の肥料にする草が植えられた草山も、体の不自由な人やお年寄りのために取りやすい場所は残しておくのが常識となっている。


 凪は手入れの行き届いた山の中をまっすぐ歩く。どこに行けば何があるか、全て把握(はあく)しているのだ。

 今の彼女は栗の木がたくさん自生する場所へ向かっていた。

 ちょうど栗が落ちている時期だし、先日祖母が「そろそろ栗ご飯が食べたくなる時期ですねぇ」とぼやいたことも大きい。

 今は城下町を離れている祖母が帰ってきた時、すぐに作れるよう材料を集めておきたかった。
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