龍 神 の 詩 −暗鬼編−
□龍神の郷 - 三章 天駆侵入
1ページ/14ページ
龍頭天駆(りゅうとうあまがけ)は北に開けた扇状地だ。
南には龍の体にたとえられる山脈があり、日を遮る。
水が地下を流れているため、扇状地の下端にある湧水帯まで水を汲みに行かなくてはならない。
しかし一度(ひとたび)、上流で大雨が降れば普段水のない川は濁流となり洪水を起こす可能性もある。
日光も水も生活になくてはならないもの。それが得にくい龍頭天駆は、過ごしにくいことこの上ない土地といえるだろう。
それでも、人々は好んでこの地に住みついた。
それは、龍の額に見立てられたこの土地が、聖地の入り口として神聖視されているからにほかならない。
天駆の城は扇状地の要(かなめ)の部分にあり、その奥が中州と天駆の龍神信仰の聖地となっている。
正月の舞を頼まれた与羽(よう)は、そこに向かわなくてはならない。
天駆領主希理(キリ)に先導される与羽は、龍頭天駆をまっすぐ突っ切って聖地に入るものと思っていたが、希理は龍頭天駆に入る手前で馬を止めた。
そこにあるのは、立派な漆喰(しっくい)壁に囲まれた屋敷。
龍頭天駆の混乱に巻き込まれないようにするためか、昼であるにもかかわらず門をしっかり閉ざしてしまっている。
「おお、ここは――」
舞行(まいゆき)が呟いたので、与羽は乱れた前髪を左の額に撫で付けながら舞行の乗る馬を振り返った。
「どったん? じいちゃん」
「白師(はくし)のおる寺じゃ」
その顔のうれしそうなこと、何十歳も若返って見える。
「寺?」
龍神信仰をしている天駆に寺とは珍しい。
他の国からやってきた人や旅人のためのものだろうか。中州にも主に街道沿いに寺がある。
それらの寺は宗教的な行事はほとんど行わず、もっぱら旅人を泊める役割を担っていた。
中州の寺には、与羽も子ども時代に何度か侵入し、大きな鐘を叩いて遊ばせてもらった記憶がある。