龍 神 の 詩 −暗鬼編−

龍神の郷 - 序章
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 朝夕は寒くなったが、昼の日差しはまだ暖かい。

 西に伸びる山地は茶や赤、黄色の点描で染め分けられている。


 三方を書院造りの屋敷に囲まれた庭で、与羽(よう)は葉の先が赤く色づいた紅葉(もみじ)を眺めながら、風に流れる秋の調べを聴いていた。

 陽光に暖められた岩に腰掛け、陽だまりの中にいる彼女の黒髪は、青と少しだけ黄緑にきらめいている。

 宝石を思わせるような光沢だ。

 明るく輝く青紫の瞳は、彼女の機嫌のよさを示している。


 聞こえてくる笛の音に合わせて鼻歌でも歌いたい気分だ。

 しかし、曲はすべて彼女の座る岩に背をあずけ、横笛を吹く青年――辰海(たつみ)の即興。

 彼とは長年兄妹(きょうだい)のように育った与羽でさえ、次にどんな音色が来るのかわからない。

 仕方なく、与羽は気ままに流れ行く秋に浸っていた。


 ひとつに束ねた長い髪をなびかせてゆくひんやりした風と、高く澄んだ笛の音。

 つい、うとうとしてしまう。

 こくりこくりと舟をこぎ始める与羽を、淡く笑みを浮かべて辰海が見つめた。


 今日も彼のいでたちは、純白の着物に桜色の帯。

 ただ、着物のすそには金糸で菊があしらってある。秋を意識しているのだ。
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